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≪人妻ユイの不倫文化論≫ユイ的“軽い女”の定義

  • 2015年01月14日  仮屋園 ユイ   



    不倫妻のわたしも、年末年始は家で比較的おとなしく過ごしていました。SNSで不倫相手と連絡を取っていたくらいです。そんな中、SNS掲示板で出会った男性と“軽い女”について色々お話しして大変面白かったので、今回は不倫妻的な視点から、“軽い女”ってどういった人のことを指すかをお話ししていきたいと思います。

     

    【軽い女と都合の良い女って、紙一重!】

    学生時代の甘酸っぱい恋に始まり、社会人になってから気が付いたら打算計算が渦巻きだした恋愛になってしまったわたし。皆さんも恋愛をしていく中で、時に“重い相手”とお付き合いすることになった経験がおありかと思います。わたしの初めての恋は中学3年生の冬でした。バレンタインデーに、相手が欲しがってもいないであろう手編みのマフラーを渡すという、まさに絵に描いた“重い女”の代表格でした。相手の気持ち云々よりも、ただ自分自身が一生懸命恋をしていたという実感です。結果何事も無くお付き合いをするまでも至らなかったんですが、わたし自身としては本当に楽しかったし今でも良い思い出です。

    そんな“重い女”だったわたしが、気がつけば今では不倫妻。いつどうしてそんな“軽い女”になってしまったのかと思われるかもしれませんが、わたしはいまだに自分のことを“軽い女”だとは思っていません。でも、“重い女”も卒業できたかな、なんて自信があるんですよね。数々の不倫を経験したうえで、男性の思う“重い女”って“自分のニーズに無いものを一方的に求めてくる女”だと感じているからです。結婚しようとか考えてもいない相手に、結婚したいとか親に早く会ってくれとか言われれば、それはもう重いですよね。不倫って、お互いの生活に足りないピースを埋めあうこと。今ではわたしは不倫相手の求める部分に応えながら自分も楽しむように努力していますから、重くなければ軽くも無い女なんじゃないかなぁ…と思うんです。でも、これってなんだか都合の良いように使われているだけ?と不安になったりもします。本当に紙一重なんでしょうね。

     

    【不倫だとしても一生懸命“愛する”こと】

    いくら不倫妻とはいえ、自分がただの“軽い女”と思われるのは悲しいですし“都合の良い女”と思われるのもなんだか寂しいです。都合の良い女と思われないため、軽い女とあしらわれないようにするためとにかく“一生懸命愛すること”を忘れないようにしています。人って、誰かに愛されていたい生き物。親に、パートナーに、兄弟に、子に、友人に…愛されることで満たされる心の隙間が必ずあります。そこがポッカリ空いてしまうと、毎日が途端に無機質で不安になってしまいますよね。結婚しているのに危険を犯してまで不倫をする、互いの心の隙間を埋めあう…それって根底に“愛”が無いと、結婚しているのにまだ夢中で遊んでいるただの“軽い女と軽い男の情事”と安っぽく受け取られてしまいます。

    どんな恋でも、まずは一生懸命に愛することです。ただ男性ならカワイイ子、女性ならカッコイイ人を連れて歩きたいとか、体の繋がりだけを求めて、体のフィーリングのみに焦点を合わせて相手を次々に変えていくことに対してわたしは本当に“軽い”と感じるんです。そんな不倫は寂しすぎてやってられません。一生懸命に愛しますし、可能な限り尽くします。そして時には相手に求めます。軽い女とも都合の良い女とも受け取られないように、いつでも相手に「会いたい」と思ってもらえるように努力をしているんです。

     

    【“軽い女”は格好の餌食!】

    と、なんだか“軽い女”が恋を食い物にする妖怪かのように書いてしまいましたが、実は世間からとってもニーズがあるのも“軽い女”です。だって、男性ってとっても“ヤリたい”生き物ですよね?「出来るなら、遠慮なく!」と思うのが男性の性。でも女は、意外と本当に気持ちのない相手との行為は出来ないものなんです。ですから、誰にでもついていき誰とでもヤレちゃう軽い女ってとても貴重な存在だったりするんですよね。

    出来るだけ経験値を稼ぎたい人はもちろん、とにかく色々なプレイがしたい人、自分のテクニックを試したい人…行為をしたい理由は人それぞれですが、面倒臭い恋とか愛とか関係なしに、単純にセフレが欲しい人にとってみれば“軽い人”ってとっても需要があります。お互いに“ヤリ目”なら、緊張しながら相手の反応を見て誘い出す手間を省くことができます。会っていきなりホテルへ行って、情事にふければ良いわけですから。

    世間では肉食系女子だとか、ロールキャベツ男子とか…いろんな文言で男女の恋の主導権争いが揶揄されていますが、なにが大切かっていったらやっぱり男女の仲になにを求めているかだと思うんですよね。わたしのように心の渇きを潤す過程で体の関係を持つタイプがいれば、体の渇きを潤すためにひたすら相手を探す人もいます。ただ、その相手を選ぶか選ばないか、相手に求めるハードルがどれくらいの高さなのかで“軽い”のか“重い”のかが決まるような気がしています。なんにしろ、軽いと思われようが気にせず自分の欲求に正直な人って、強いですし素敵だなぁと思います。