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★電脳歌人ミコトの恋の覚書 その16★恨む女・恨まれる女…相模

  • 2014年04月24日  菱月 美琴  



    「恨み」…というと、女の幽霊の掛け軸とか頭に浮かんできますが、平安の昔から平成の今日まで、その感情は時に密かに時に激しく男女の間を行き交って来ました。「悲しむ」とか「怒る」よりさらに上をゆく恋のマイナスパワーについて、平安の一流歌人、相模(さがみ)の名歌から探ってみたいと思います。

     

    「恨みわびほさぬ袖だにある物を恋にくちなん名こそおしけれ」
    (引用:『小倉百人一首・65番』より)

     

    @この短歌、こう読みます。

    「貴方の事を恨んで泣き暮らしており、泣く気力も無くなってきました。着物の袖は涙で乾く暇もなく朽ちていきそうです。その上、その様子を見た世間の人達が「恋に破れたらしい」と噂を立てて、私の名前が廃れていくのが何とも悔しいのです。」

    1051年の5月5日、内裏歌合せに出された歌で、相模のこの歌が勝ちました。「涙で濡れてボロボロになっていく着物の袖」と「失恋の噂が立ち評判を落として、やがて老婆になり死んでゆく自分」をかけているあたり、技巧的に優れているばかりではなく、女の凄味がありますよね。「うらみわび」と、最初の五文字でバーンと投げかけている感じ、かなり怖いですね。

     

    A相模のこと。

    平安後期の女流歌人。(中古三十六歌仙の一人)。義父は源頼光。相模守の大江公資と結婚したため、相模と呼ばれました。

    密かに想いを寄せる人(藤原定頼)が居たのに、大江公資が強引に妻にします。その結婚生活は、赴任地での夫の浮気や不妊など悩みが尽きませんでした。

    鬱屈した想いを100首の歌にして、正月、箱根権現に奉納したそうです。すると、4月に権現の返歌という100首が社僧から贈られます。内容は夫の言い訳めいたものばかりで、相模は夫が権現だと見破り激怒します。(実際に返歌したのは誰なのかは未だに不明です。)

    夫の愛人を「坪菫」=田舎者と蔑視し、そこへ足しげく通う夫の様を蔑んだ歌を作り、まくし立てています。(「もえまさるやけのゝのべのつぼすみれ つむひとたえずありとこそきけ」『相模集』より。)

    ひらがなで一気に書き上げた歌は、気性の激しさがかえって際立っています。

    夫と離別後、女房として出仕。赤染衛門、紫式部と並ぶ優れた歌人として頭角を現し、平安歌壇では指導的役割を担いました。藤原定家も相模の歌のファンだったそうです。

    藤原定頼をはじめ、歌人との恋の贈答歌もたくさん残っています。晩年は孤独だったようですが、歌の教え子が見舞いに訪れる事もあり、優しい歌を残しています。

     

    B女としての勝ち負け

    秘書課のA子さん(25歳)は、上司の部長と不倫をしており、そろそろ3年になります。

    入社したての頃、20代の男の子達はとても子供に見え、恋愛対象にはなりませんでした。秘書として付いた部長は、頼りがいのある大人の男性で憧れの対象であり、A子さんはたちまち恋に落ちてしまいます。仕事柄二人きりになる事も多く、いつしか一線を越えて恋人同士に。将来の事は不思議と考えず、週末の密かなデートを楽しみにしていました。

    ある日、携帯の着信に「非通知」の文字が。仕事中は携帯禁止の職場の為、昼休み等にチェックするのですが、日に日にその着信履歴が増えて行きました。

    ある夜、携帯が鳴り、非通知の文字。恐る恐る出てみました。

    「私。わかるでしょう?」。A子さんはおののきました。悪意のこもったその声は、多分、部長の奥さんでした。

    「会って話がしたいんだけど」。言われるままに約束をしました。

    目の前の中年女性はきれいな身なりをしていましたが、怒りと悲しみが刻まれて皺になり、とても怖い顔でした。

    「あなた達の事はもう解っているの。」ありきたりなドラマのセリフのように、奥さんは切り出しました。

    「家のローンに、息子二人の養育費、あなた、払えるのかしら? あの人、あと十年もすれば老人だけど、老後をみる覚悟はあるのかしら?」

    「…私、部長と結婚するつもりはありませんから」。A子さんが言うと、

    ぱちん、と、頬をぶれました。奥さんは泣きながら怒りで震えていました。

    部長の顔を思い出そうとしましたが、自分に何の感情も沸いて来ないのが解りました。

    「3年の恨みでこんなに醜くなってしまうの。そんな惨めな女になりたくない。」A子さんは、ただつくづくそう思ったのでした。A子さんもまた、20代前半のいい時期を叶わない恋に費やし奥さんに恨まれて、気付けばアラサーと呼ばれる年になっていたのでした。

     

    C恨みの種は拾わない。

    相模はいつか出会う運命のひとを待ちつつ、密かに恋歌を書き溜めていましたが、決定的な王子様は現れず、結局、孤独で恨み・悲しみの多い人生でした。

    平成の現在も、彼氏の浮気とか、女同士の嫉妬とか、恨みの種は巷にゴロゴロ落ちています。

    大事に集めて育てたところで、自分にとってよい事は一つもありません。恨み心でぱんぱんに膨れ上がった人には、近づきたくないですよね。

    せっかく美しかった顔も、怒りや悲しみばかり続くと、表情皺で醜くなってしまいます。

    気持ちを切り替え、恨みの種とはサヨナラして、自分を幸せにしてくれるモノを探しましょう。

     

    D「恨まれる女」ともサヨナラ。

    恨まれる側の人達って、自分では自覚していない事が多いです。いわれのない事で恨まれる事もあるでしょうが、何かしら理由がある事も。他人のモノは欲しがらず、どうしても欲しいのなら命がけで。マイナスの思念を送り続けられるのも、じんわり怖いですよね。

     

    「花の影 恨む女の顔になり」