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★電脳歌人ミコトの恋の覚書 その21★不器用な恋…右大将道綱母

  • 2014年05月15日  菱月 美琴  



    恋の駆け引き、上手くいけばこの上無いですが、押し過ぎたり引き過ぎたりするのはかえって逆効果で、気持ちが一気に冷めてしまいます。
    一途で純粋な恋心が、時にアダになる事も。
    平安の女流日記文学、『蜻蛉日記』で有名な、右大将道綱母(うだいしょうみちつなのはは)の歌について、考えてみましょう。
     
     
    「歎つゝひとりぬるよの明るまはいかに久しきものとかはしる」
    (引用:『小倉百人一首・53番』より)
     
     
    @この短歌、こう読みます。
     
    「(あなたが訪ねて来ない事を) 悲しみ嘆きながら、ひとりで孤独に寝ている夜の明けるまでの時間が、どれだけ長いかご存じでしょうか。(ご存知ないでしょう。)」
     
    「ぬる」は「寝る」です。「明るま」は「あくるま」で、「夜が明ける」と「門を開ける」が掛かっています。
    ある夜、道綱母の元へしばらく顔を見せなかった夫・兼家が訪問します。子を産んだばかりの道綱母を放っておいて、実は町娘の元へ通っていたのでした。
    嫉妬から来る憤りで一杯になった道綱母は、門を開けず、暫く待った兼家はあっさり帰ってしまいます。
    その行動にさらに怒った道綱母は、萎れかけて色褪せた菊を添えて、この和歌を夫に贈ったと言います。一途な愛情を伝えたかったのかもしれませんが、夫の心には届かなかったようです。
     
     
    A右大将道綱母のこと。
     
     平安中期の歌人。(中古三十六歌仙)。藤原兼家の妻。名前は不明。当時、「日本三大美女の一人」と言われる程の美貌の持ち主だったそうです。女流日記文学として名高い『蜻蛉日記』の作者。夫は右大臣、摂政にまで上り詰めたエリートで、一条天皇は孫。藤原道長の父。(母は時姫)
    妻は複数人いたようで、道綱母はその一人。若い頃、才色兼備で評判の彼女に、御曹司の兼家は熱をあげますが、妻にしてしまえば、気性が激しくプライドの高い扱い辛い女で、段々心が離れて行きます。
    兼家との間には道綱一子のみ。生涯夫だけを愛し続けましたが、正妻の座は得られず、夫の心変わりに泣いた人生で、晩年は孤独でした。
     
     
    B完璧な私なのに、何故プロボースしないの?
     
    A子さんには付き合って2年の、勤務医の彼氏がいました。二十代も後半になり、そろそろ結婚を意識していましたが、彼には一向にその気配がありません。休みが合えば彼のマンションでデート、散らかった部屋をきちんと掃除して、レシピ本片手に凝った料理を振舞いつつ、密かに「いい妻になるよ〜」のアピール。
     
    「ありがとう」とは言うものの、彼から将来を約束するような言葉は、全く出て来ないのでした。かと言って、A子さんが自分から言うのはプライドが許さず、絶対に嫌だったのです。
     
    A子さんの実家は代々続く医者の家柄。一人娘で大事に育てられて来ました。口に出してはいませんが、何とか今の彼と結婚して、家を継いでもらいたいという気持ちがありました。
     
    大学時代は「ミスキャンパス」、容姿には自信が有りました。
    社会人になってからも、取り巻きの男性は絶えませんでしたが、彼氏が出来てからは一切の誘いを断り、一筋でした。
    何でもとことん極めるのが好きで、手編み・洋裁等はプロ並み、料理やワインにも詳しく、数々の資格を持っていました。
    「私なら、完璧な妻になるはず。こんなに頑張って来たのに、何でプロポーズしてくれないの?」。
    内心、煮え切らない彼の態度に苛立っていました。
     
    ある日、突然彼から別れ話が。最初、理由について聞いても、なかなか口を開こうとしません。
    しかし、猛烈に問いただすと、ぽつり、
    「色々と重いし、何か、めんどくさいんだわ〜・・」。
    A子さんは激怒し、部屋を飛び出しました。「絶対、追いかけて来るはず」そう思いましたが、結局、彼は追いかけて来ませんでした。
     
    半年後、街で偶然、新しい彼女を連れた彼を見掛けました。
    中肉中背、どちらかというとぽっちゃりした地味で平凡な子。しかもペアのTシャツという悪趣味。
    「私を振って、なぜあの子?」。A子さんは自分より「格下」の女と付き合う彼が許せませんでした。そして、自分と付き合っていた頃より、ずっと楽しそうに笑っている彼については、永遠に理解出来ないのでした。
     
     
    Cプライドが邪魔している。
     
    平安時代は通い婚で多妻が普通でしたが、妻の方の色恋沙汰にも、ある程度はおおらかだったようです。けれども、道綱母は生涯兼家一人を愛し続け、言い寄ってくる男達には見向きもしませんでした。
    もし、つれない夫を責め立てるだけでなく、もう少し甘え上手で、可愛い女の素顔を見せる事が出来たなら、晩年は孤独にならなったのかもしれませんね。
     
     
    D純粋な気持ちはストレートにぶつける。
     
    心変わりした恋人を、なじるだけでは余計離れて行ってしまいます。
    「ドアを開けずに追い返す」のではなく、自分が寂しかった事を告げて、来てくれた事を素直に喜び、家に招き入れましょう。
    手遅れになる前に、一途で純粋な気持ちを、打ち明ける事が大切ですよね。
     
    「一度目のごめんは許す花茨」