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★電脳歌人ミコトの恋の覚書 その38★愛されずして…藤田湘子

  • 2014年07月14日  菱月 美琴  



    そろそろ海が恋しい季節。デパートの水着売り場にはカラフルな新作水着が並び、本格的な夏に向けて、準備を進めている人達もちらほら。
    新しい出会いと恋のチャンスが沢山ある夏。また、青い海と浜辺から、不器用な十代の恋を思い出す事も。
    純粋で一途な昔々の夏に出会った、とっておきの私の愛唱句を紹介します。
     
     
    「愛されずして沖遠く泳ぐなり」
    (引用:藤田湘子著『途上』より)
     
     
    @この俳句、こう読みます。
     
    読み方は「あいされず して おき とおく およぐなり」です。
    季語は「泳ぐ」です。
     
    夏の海。少年が浜辺の仲間と離れて、沖へ沖へと泳いでいきます。好きな人に愛してもらえない鬱屈した気持ちを、ひたすら泳ぐ事に集中して忘れようとしています。段々息は苦しくなり、体力も限界に来ていますが、さらに先へ行こうと泳ぎます。溺れてしまいそうな危うさもありますが、自分の理想を追って、信念を曲げない、純粋な少年の姿がイメージ出来ます。
    俳句のリズムは句またがりで勢いがあり、真っ直ぐな感情を上手く表現していると思います。
     
    A藤田湘子さんの事。
     
    大正15年、小田原生まれの俳人。17歳で俳句雑誌『馬酔木』に入会し、水原秋櫻子に師事します。石田波郷と出会い、親交を深めました。
    『馬酔木』編集長などを務めたのち、昭和39年、俳句雑誌『鷹』を主宰。多くの俳人を育てました。
    掲出句は、男女の恋愛についてのものではなく、若い頃、師の水原秋櫻子との関係がうまくいかなかった時に、作られた俳句だとも言われています。切実な想いが伝わりますね。
     
    B親友のフリをする。
     
    幼馴染のA子さんと、Bさん。小・中・高校と学校が同じで、いつも一緒にいました。家族ぐるみで仲が良く、幼い頃は「将来は結婚しようね」なんて言い合っていました。
     
    成長するにつれ、Bさんの気持ちは友情から愛情に変化していきましたが、A子さんはそれに気付く事無く、いつまでも同性の親しい友人のような感覚でBさんに接していました。
     
    「Bは私にとって、とても大切な存在だよ。彼氏が出来ても、結婚しても、それは変わらないから」。
    ある時、A子さんに言われて、今後も自分たちは恋愛関係には発展しないのだな…と確信しました。
    「ありがとう。俺も一生の女友達だと思っているよ。彼女出来たら、一緒に飲みに行こう」。そんな風に答えるしか有りませんでした。
     
    大学を卒業し、就職して間もない頃、A子さんに好きな人が出来ました。会って話すといったら、その彼の事ばかり。高校時代もそんな時が有りましたが、今回はちょっと違う感じだな…と思いました。
     
    やがてA子さんはその彼と付き合う事に。
    Bさんは段々A子さんに会うのが辛くなって来ましたが、距離を置く事も出来ず、呼び出されれば、彼との恋の悩みを聞き、「親友」のフリをし続けました。
     
    そして、何年か経ち、とうとうA子さんはその彼と結婚する事に。
    当然、幼馴染の親友という事で、結婚式にも呼ばれました。
    ウエディングドレスのA子さんは、とても綺麗でした。新郎もなかなか良さそうな人でした。
     
    「子供の頃、Bの事、好きだったんだよ…。でも、私の事なんて、女として見てくれなかったよね」。
    二次会で隣に座ったA子さんが笑いながら言いました。酔っぱらっているようでした。
     
    別の席に移動して行く、A子さんの後ろ姿を見て、
    (お互い、近過ぎたんだ)。…と思いました。
    (これからは、“男の親友”の役目も、彼に譲るよ。そろそろ、卒業しなきゃ)。
     
    Bさんは長い長い片想いに終止符を打つべく、そっと、二次会の席を立ちました。
     
    C片想いは自分を成長させてくれる。
     
    BさんはA子さんに恋愛感情を打ち明ける事は有りませんでした。
    家族ぐるみの付き合いは居心地がよく、打ち明けて万が一、その関係が壊れる事の方が怖がったからです。
    長年言わずに苦しんだと思いますが、人としては相手を思いやる気持ちも学び、大きく成長出来たのではないでしょうか。
     
    Dがむしゃらに。
     
    恋愛に限らず、何となく物事が上手くいかない時、ふと、この俳句が思い出されます。
    生きて行くのって、泳ぐ事に似ていますよね。先が見えなくても溺れそうでも、がむしゃらに手足をバタバタさせて、取りあえず前に進まねば。
    今、報われなくても、頑張っていればいつかその先に、見えて来るものがある気がするのです。
    何にでも一生懸命だった、純粋で一途なあの頃を思い出し、まっさらな夏に向けて準備したいですね。
     
    「泳ぐ人遠くなりゆく夢の中」