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★電脳歌人ミコトの恋の覚書 その50★まことの愛って…金子兜太

  • 2014年08月25日  菱月 美琴  



    「恋と愛の違いは?」「本当の愛って?」…誰しも一度は考えるであろう、不滅のテーマですよね。調べれば色々な定義が出て来ますが、イマイチしっくり来ないような気もします。
    「まことの愛は遂になし」と言い切る俳句を作った、金子兜太(かねこ とうた)氏の俳句を眺めて、「恋愛」という言葉の意味を、じっくり噛みしめてみたいと思います。
     
     
    「百日紅まことの愛は遂になし」
    (引用:金子 兜太著『少年』より)
     
     
    @この俳句、こう読みます。
     
    読み方は「さるすべり まことのあいは ついになし」です。
     
    「さるすべり」と言えば、木肌の表面がツルツルしていて、木登り上手な猿も滑り落ちてしまうという由来もある、夏に鮮やかな紅い花を付ける木です。比較的開花時期が長いため、「百日紅」と書くそうです。中国南部原産、花言葉は「雄弁・潔白・あなたを信じる」等です。
    そんな木と「まことの愛」の組み合わせ。ちょっと自虐的な感じもしたり。
    さるすべりの花は可憐で憧れの象徴ともとれますよね。手に入れたくて、もがいても、ついには得る事の出来ない様を、よく表していると思います。
     
    A金子 兜太(かねこ とうた)さんの事。
     
    大正8年、埼玉県出身の俳人です。東京帝国大学の経済学部を卒業。22歳の時、加藤楸邨氏主宰の俳句雑誌『寒雷』に投句。大学を卒業後は日本銀行に入行しました。
    昭和37年、俳句同人誌『海程』を創刊・主宰。戦後前衛俳句をけん引し、社会性俳句の旗手と呼ばれました。現代俳句協会名誉会長、文化功労者です。
     
    B「愛」はどこに。
     
    ショップ店員のA子さん(29歳)。若い頃から合コンや友達の紹介等頻繁有り、男性に不自由する事は有りませんでした。今現在も彼氏が居て、普通に付き合っていました。
     
    いつもの昼休み、休憩室で昼間の愛憎ドロドロのドラマを見ながら、
    (正直、恋とか愛とか、よく、わからないな。今まで何人もの人と付き合って来たけど)…と、ぼんやり思いました。
     
    (学生時代、恋と愛の違いについてとか、友達と色々語り合ったけど、結局明確な答えは出なかったな…。
    唯一覚えているのは、恋は「自己満足」の為、相手に「〜して欲しい」と思う事。愛は「自己犠牲」も厭わず「〜してあげたい」と思う事…だったかな)。
     
    今の私はどちらでもないな、とA子さんは思いました。
    今までを思い返しても、「彼氏」=「どこかへ連れて行ってくれる人」でした。もしかして、両想いの恋愛をした事が無いのかもしれませんでした。
     
    そんなA子さんに転機が。
    ある日、ひと気のないショップで、入荷チェックをしていると、何となく見覚えのある男の人が。
    中学時代に大好きだったB先輩でした。
    「あぁ〜、A子だよね。何か大人に…綺麗になったね」
    「先輩も変わらない…っていうか数段素敵になりましたね!」
    お互い懐かしくて暫く話し込んでしまいました。
    別れがたく、「今度お茶でも」と、次に逢う約束をしました。何となく、彼氏がいる事は言いませんでした。
     
    その後まもなくB先輩とは深い仲に。逢う内に奥さんがいる事が解りましたが、自分の気持ちを抑えられませんでした。彼氏の事は後回しにして、B先輩との禁断の恋にどっぷり嵌りました。
    やがて、B先輩の子を妊娠。
    A子さんの彼氏、B先輩、先輩の奥さん…。人間関係がめちゃくちゃになりました。
     
    一年後、A子さんは可愛らしい男の赤ちゃんと一緒に居ました。
    彼氏もB先輩もA子さんの元を去っていました。
    赤ちゃんの花びらのような小さな手を自分の掌にあてて、幸せな感情がじんわり湧き上がってくるのを噛みしめていました。
    (「愛」って、ここにあったんだな…)。A子さんは赤ちゃんをぎゅうっと抱きしめました。
     
    C見逃しているのかも。
     
    「真実の愛」という幻に取りつかれて、実は身近にある愛を見逃していませんか? また、「取り敢えず彼氏が欲しい」が先に来て、恋愛が後回しになっては居ませんか?
    「まことの愛は遂になし」の俳句は、作者が36歳の時編んだ『少年』という句集に収められています。
    青年期に“愛は無い”と悟ってしまうのは急ぎ過ぎなのではと感じます。ひょっとして、死の間際まで、その人にとっての「まことの愛」の有無は、解らないかもしれません。
     
    D「まことの愛」。
     
    句集『少年』には、他に「強く生きたし電車朝日に埋れ去る」「愛欲るや黄の朝焼に犬佇てり」等収められています。
    青年期の心の揺れがみてとれますね。きっと、「まことの愛は遂になし」と書きながらも、「まことの愛」を渇望していたのではないでしょうか。
    そして、読み手側にも「まことの愛」は、どこかにあるのだと信じたい気持ちが湧いてくる、不思議な俳句です。
     
    「百日紅 君の背中に愛は在り」