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《おばあちゃんの恋袋 百十一話》私の彼の好きな人〜そりゃない〜

  • 2015年12月15日  吉井 綾乃  



    故郷から雪の知らせが届く。
    そろりそろりと冬将軍は進軍中の様だが、近頃の異常気象がいつもの冬を変え、違った顔も見せている。
    いつもと同じだったはずが、気付かないうちにまるで変ってしまう…。予期せぬことほど人を驚かせ落胆させることはない。
    突然にみえる心変わりも然り。心変わりは世の常ならむ、が、恋する心は往々にしてその変化に気がつかぬものなり。
     
     
    さてさて、お若い方々、風邪など召していらっしゃらなければ良いけれど、一週間のご無沙汰でしたわね。
    ところで、最初から風邪や病気に罹ると知っていれば、誰も苦労はしないわ。
    事さ様に、病気や災害は突然にやってくるから始末に困るのよね。青天の霹靂とまでは言わないけれど、ほとんどの場合は起こってしまってから気がつくものだわ。
    だから、今日のお話の中の光子さんと吉川さんの場合も、気がついたときには手遅れだったのかもしれないわねぇ。
     
    あら、手遅れといっても勘違いしないでね。病気のお話じゃないのよ。
    おばあちゃんがまだ幼いころは、おばあちゃんの母親が先生ということではなかったものの、和裁が大層上手で得意だったこともあり、その母親に着物の仕立て方を教えてほしいという若い女性が家にはいつも出入りしていたのよ。
    親戚の誰それちゃん、とか誰それさんの娘さんとかともかく、来るものは拒まず状態だったから農閑期などはちょっとした今時の女子会の様相を呈していたかもしれないわ。
    今では、はるか昔々の記憶なので、ところどころ記憶の虫食いや記憶違いもあるかもしれないけれどもね。
     
    おしゃまで生意気でおませだったおばあちゃんは若いお姉さんたちが大好き、と言うか、お姉さんたちが発散する、若く、むせかえるような甘い匂いとはち切れそうな元気に魅せられていた、と言うとまるでオヤジのようだけれど…。単に、お客様が大好きということもあるけれど、本当にお姉さんたちが好きだったからお姉さんたちが集まっていると用もないのに必ず、お姉さんたちの側にいたがったものよ。
    そんな時、母親からあてがわれた端切れで、手作りの人形の家のお布団や洋服を縫いながら、お姉さんたちの側で聞き耳を立てていたのはお姉さんたちの恋バナ。と、いうとちょっと嘘ね。
    聞き耳を立てていたのではなく、何となく聞いていて、長じてから『あっ、あれはそんな意味だったのか。あれってこのことだったのね』と気付いたというのが正解だわ。
    そんな記憶の中でも、光子さんと吉川さんという役場勤めの男性の結婚話は、今でも良く覚えているわ。
    なぜって、光子さんは親戚の誰それでもなく、近所の誰それでもなくおばあちゃんの生まれた町の住民、吉川さん家(ち)の息子の婚約者。彼女はおばあちゃんの生まれた町に何の縁故のない人だったし、街からやってきた人だから、他のお姉さんたちとはまるで違っていたのよね。
    何故、おばあちゃんの家に来ることになったのかは、吉川さん家のおばさんの計らいだったのか、彼女、本人の意志かといえば記憶になく、今にして思えば、多分に前者に違いないのだけれど。
     
    昔々の結婚相手の条件としては、公務員はAクラスの折り紙付きよ。これって、今でもそうかしら?仲人の七嘘というけれど、公務員というだけで縁談話はまとまる率が高かったに違いないわ。
    でも、光子さんと吉川さん、二人の出会いは恋のキュピットのなせる業。だから、仲人は必要のない恋人士だったはずよ。
    キャピキャピしたところがまるでなく落ち着いて控えめな彼女は、周りのお姉さんたちとはやっぱり、大分違っていたわ。
    「〇〇ちゃん(吉川さんの名前)とのなれそめは?」
    「○〇ちゃんのどこが好きなの?」
    「こっちで同居?」
    「デートはどこで?」
    光子さん以外は、吉川さんのことを小さい時から知っていることもあり、
    「○○ちゃんって、昔から優しいし、けっこう女の子に人気あったよ。私もよく遊んでもらったし、羨ましいな。にくいね」
    これは、まだ許せるけれど中には、
    「ほら、森山のリッちゃんてさ、昔、○○ちゃんと噂になっていなかったけ?」
    と、余計な情報まで飛び出すこともあったわ。
     
    そんな時、光子さんは何時も穏やかに微笑むか、少し頬を赤らめる程度で自分から吉川さんとのことを話すことは、ほとんどなかったわね。
    「でもさ、○○ちゃんとこのおばさんしっかり者だから嫁さん大変じゃねいの?」
    「あっ、そうか、だから光子さんなんじゃね?」
    「んだわ。きっと、んだ。○○ちゃんの母ちゃんとまるで違うもの。ホント正反対じゃん。だから、選んだんだっぺよぉ」
    と、笑いが起き
    「そだごと言ったら、おばちゃんにどやされるよ」
    「同居?同居は決まりがい?」
    と、言いたい放題だけれどそれを許してしまうような大らかさも、光子さんは持っていたのだと思うわ。
     
    吉川さんも評判の良い実直で優しい男性だったのだし、幸せで落ち着いた結婚を夢見ていた、であろう二人は何の問題もなくゴールインできたはずなのに…。
    結納も済ませ結婚の日取りも決まり、あとはお式を待つだけ、という頃のこと。
    「破談だってよ。式場キャンセルだと」
    「えっ、なんでよ」
    「なんで?」
    と、光子さんがいない女子会はその行動で大きな驚きを隠すように、お姉さんたちが声を潜めてひそひそ話。その時に、その謎がお姉さんたちによって解かれることはなかったわ。それに、もしもその時、お姉さんたちの口から理由が語られていたとしても、幼すぎるおばあちゃんには理解ができなかっただろうとも思うのよ。
     
    それから、何年かが経ち、どんなきっかけで二人の話題になったのかは忘れてしまったけれど
    『彼の好きな人は私ではない。結局、彼の好きな人はお母さんの様な女性だったのです』
    これが、光子さんがおばあちゃんの母親に伝えた二人の破談の真相。でも、吉川さんがマザコンだったから、という意味ではないらしいわ。彼女曰く、自分の母親を大事に思っていることや好きなのは、当たり前だしそのことで、やっていけないと思ったわけではなく、吉川さんが求めている女性がお母さんのような女性、すなわち、自分とは似ても似つかない女性だと気づいたからなのですって…。
     
    気づくのが遅いというべきか、早く気づいて良かったというべきか、ホンにこの世は難しいわね。