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《おばあちゃんの恋袋 百十話》おとこ友達〜届けおんな心

  • 2015年12月08日  吉井 綾乃  



    師走の実感もないまま一週間も過ぎ、思えば今年も紅葉を楽しむこともなく冬を迎えることとあいなった。
    故郷は遠くにありて思うもの、とは誰の言葉であったろうか。今、目に浮かぶのは故郷の目にも鮮やかな紅葉である。紅葉を見ることなく迎える冬のせいか、はたまた、寄る年波の哀愁のせいか。
    一人温める思い、片想いと思い出は独りでに膨らみ、美しすぎて、哀しいもの、らしい。
     
     
    さてもさても、いつの世も恋する心は切ないものよね。今日はわが友への鎮魂歌。
    今から三年前、あっちゃんの訃報が我が家に届けられたのは丁度、今日ね。今日は、おばあちゃんのお友達、あっちゃんの命日なのよ。お若い方々にはちょっと辛気臭いことでしょうけれど暫し、ご辛抱のほど…。
    お若い人たちにはまだ理解できない感情でしょうけれど、これも人生。人間を長いことやっていれば、お友達の死もそれなりに受け止めることが出来るようになるものなのよ。勿論それは、悲しいし寂しいけれど、どこかで納得しているのよ。今では、それはごく日常の誰にでも訪れる出来事の一つなのですもの。
    三年前の今頃も師走らしからぬ、晴天の日だったような気がするわ。あっちゃんの死は突然の訃報というわけではなかったのよ。しばらく入院していたのでお見舞いにも行っていたし、それに、あっちゃんがもうそんなに長くはないと知っていたの。
     
    そうなの。おばあちゃんはね、あっちゃんがそんなに長くはないと知ってもいたし、あっちゃん以上に病状にも詳しかったのよ。お友達だからといってお医者様が家族以外に患者さんの病状を口外するわけがないし、あっちゃん自身が自分の命がもう長くはないなんて知らなかったのに…。
    実はね。あっちゃんの旦那様はおばあちゃんの元カレ。別れてからは、…ン?別れてからは、と言うと何故か違和感があるわ。別れたというより、恋人から親友に移行したと言ったほうがピッタリくるわ。それが正解ね。そう、だから今でもあっちゃんの旦那様とおばあちゃんは友達同士。そんな訳ありの関係上、あっちゃんの病状は元カレいいえ、彼女の旦那様から聞いて全て知っていたのよね。旦那様が本人には告知しないようにお医者様に頼んでいたからあっちゃんの方がおばあちゃんより知らなかったかもしれないわ。あっちゃんは怖がりで臆病だったから知らないほうが良かっただろうと、今でも、おばあちゃんは思っているわ。
    感激屋さんですぐパニックになるあっちゃん。思いこむとただそれだけで頭がいっぱいになってしまうあっちゃん。
     
    「あっちゃんさぁ、どう思う?この頃さぁ、シゲの顔、顔も見たくないって言うか、会いたくないって言うか…なんていうのかなぁ」
    と、若き日のおばあちゃんが言うと
    「えっ何?茂君、なにか(綾ちゃんに)したの?」
    「ううん、違う違う。そんなんじゃないそんなんじゃない」
    慌てて打ち消すおばあちゃんにかぶせるように
    「じゃなに?」
    と真剣な顔が怖い。
    「やだなぁ、そんなたいしたことじゃないし。ね、ね。顔怖いよ、あっちゃん」
    「だって、何かあったのかと思うじゃない」
    「何もないよ、何もなさすぎるぐらいにないよ。でもね、この前、シゲの寝顔見てたらね、急に『こいつのこと嫌いだな』って思った」
    「えっ…、何それ?」
    「うん、何だろう?自分でもわからない…」
    「何よそれ。いくら綾ちゃんでも茂君がかわいそうだよ」
    「うん。知ってる」
     
    そんな会話をあっちゃんと交わしたのは40年以上も前のことだわ。いいえ、50年近くなるのかしらん。その当時、おばあちゃんには気の合う仲間がいて一つのグループが出来上がっていたのよね。本当に男の子も女の子もなく仲良しのお友達同士の集まりだったのだけれど、いつの間にかシゲこと茂君とおばあちゃんはグループ公認のカップルに…。今から思えば、その経緯は経緯というほどのものではなく、仲間の中で特に茂君とおばあちゃんの気が合った、ただ、その程度のことだったのだけれど周りの目が恋人同士と認めているし、おばあちゃんも茂君はおばあちゃんの恋人だと思っていたわ。デートもしたし楽しい思いでもあるのよ。だから、あっちゃんが茂君に恋しているなんて気付きもしなかったのよね。
     
    おばあちゃんの話を聞きながら、あっちゃんの口が『茂君がかわいそう』というのを何度も聞いていたはずなのだけれど、だからといってあっちゃんを茂君に結びつけて考えたことは一度もなかったのよ。おばあちゃんが鈍いと言ってしまえばそれまでなのだけれど…。確かにおばあちゃんが鈍いというのは認めるけれど、なぜ気づけなかったのかと言えば、あっちゃんが自分の気持ちをひた隠しに隠していたためだと思うのよね。
    「じゃ、今度のコンパの幹事は茂な。誰か女性陣一人補佐についてよ。綾頼める?」
    「無理。パス。今、バイトがパスできない。頼られる人間像なんだ。今の私」
    と、即答のわりに意味不明で茂君との行動を拒否したおばあちゃん。その頃、おばあちゃんと茂君はぎくしゃくした関係になっていたのよね。
    「あっちゃん、代わりに頼めん?」
    「えっ…、私…。じゃ、優君、優君私と一緒に幹事やる?その方がいいじゃん。今回が私たちで次の幹事が茂君たちでいいんじゃない。ね、優君」
    と、いつもこんな感じであっちゃんは決して自分の気持ちをみんなの前で見せるような事がなかったのよ。
     
    そんなあっちゃんが茂君に恋していると告白してくれたのは、おばあちゃんがシゲこと茂君との関係に本気で悩んでいると知ったからだったわ。
    「綾ちゃん、ホントに茂君のこと何とも思ってないの?好きじゃないのね?」
    「うん。何とも思ってない。でも、このままでいると嫌いになりそう、嫌いにしちゃう。たぶん。でも、いい奴だから友達でいたい。嫌いにはなりたくない」
    「同じだね。私と」
    と、うつむきながら小さな声が呟いたわ。そう、あっちゃんは自分の気持ちを伝えることで茂君との関係が切れてなくなってしまうことを恐れたのよ。自分の気持ちを知られたら、全ての糸が切れてしまうかもしれない、それよりは友達でもいい、友達でいようと決めていたのね。
     
    その決断に、一切おばちゃんは現れず、あっちゃんはおばあちゃんとの関係より茂君の関係を選んだのは明らかだったけれどおばあちゃんはその告白を聞いてなぜかホットしたのを覚えてるわ。
     
    それから、三人とも社会人となりそれぞれに紆余曲折あったものの、あっちゃんと茂君はゴールイン。そして添い遂げ、あっちゃんは三年前に神に召されたのよ。合掌。