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《おばあちゃんの恋袋 第七十一話》女は辛いよ〜恋の当て馬〜

  • 2015年03月09日  吉井 綾乃  



    ご近所の枝垂れ梅の香が優しく鼻をくすぐる。

    春は名のみ、ではなく春本番はすぐそこ。

    春は良い。徐々に明るくなる夜明けの空、そこにたなびく雲がうす紫色に輝くのをみれば清少納言ではなくとも心は躍る。美しいだけではなくどこか、吉兆の思いがして明日への希望も湧いてくるというものだ。しかし、それもこれも朝早くに目覚めてしまう老いの効用かと思うと、いとおかし、だが…。

     

    おばあちゃんになって、つくづく感じるわ。春は本当に良いものよ。生の息吹の季節ですもの。昔々の元気でパワーにあふれた頃、そう、みずみずしい若さを思いださせてくれるわ。でもね、なかには思い出したくない若さもあるのよねぇ。

     

    今ね、おばあちゃんの恋の勘違い、というか独り相撲のちょっぴりほろ苦い恋の思い出の一節を皆様にご披露つかまつろうか、やめようか思案投げ首なの。

    さすがに、今となってははるか昔の思い出話にすぎないのだけれど、『普通そんな勘違いしたら、恥ずかしくて人に言えない』というレベルのお話なのよね。今思い出しても赤面ものだもの。だから、本当は内緒にしておきたいところだけれど…、でも決めた。春の到来に乗じて(?)披露しちゃうわね。

     

    さてさて、それは、思い返せば完全な思い込みから始まった恋心だったわ。

    季節は、そうやっぱり春だったわね。大学に入学してまだ日も浅い頃のこと。このおばあちゃんもまだ若く、東京でのキャンパスライフに人並みに胸を膨らませていたわ。何もかもが新鮮で楽しいキャンパスライフ。で、そんな中、サークル活動を通じて気の合うグループができたと思召せ。

    仲良しグループは男性が湯浅くんと早川くんの二人。そして、女性陣がミッ(光子)ちゃんとメグ(恵)ちゃんとおばあちゃんの三人、合計五人組ね。男性陣は同じ徳島県出身ということで親しくなったらしいわ。けれど、女性陣はそれぞれ生まれ故郷も容姿も何一つ共通点なし、後々に知るお互いの性格もまるで違っていたわ。でも、なぜか気が合うというか初対面のときからお互いに好印象を抱きあったのね、きっと。

     

    「綾乃ちゃん、大好き。綾乃ちゃんって面白い」

    と、おばあちゃんが照れてしまうほど大絶賛でおばあちゃんを好いてくれていたのはメガネ美人のミッちゃん。本人も周りも気づいてはいないようだったけれどバランス良く整った目鼻立ちは美人の証。ただ、黒縁の分厚いメガネと、細く小柄な体型、それに加えて独特ないでたちが邪魔をしてミッちゃんの整った顔はまるで目立たなかったのよね。

    ミッちゃんだけではなく、当時は三人ともまだまだ、垢抜けない田舎娘だったのだけれど、メグちゃんだけは『〇〇市内の街中で育ったから田舎娘じゃない』と言い張っていたわ。確かに、ファニーフェースで愛らしいとは思うわよ。でも、残念ながらメグちゃんもリンゴの様に赤いホッペと逞しすぎるほどの太い御身足とガサツ(メグちゃん、ごめんね、うまい表現が見つからない)な身のこなしは、都会的な女性にはほど遠かったわねぇ。

     

    「吉井さん、今、ちょっと良いかな?〇〇の件だけど、アッ、なんだったら後ででも…。」
    「吉井さん、来週時間大丈夫かな?女性陣の意見聞きたいしね」

    などと言う会話から始まり、徐々に

    「吉井、アレまとめてくれた?今週中いける?」
    「今度、みんなで〇〇にでも繰り出したいね。吉井はどう?」

    と、何かにつけておばあちゃんにコンタクトしてくる湯浅くん。

    早川くんは寡黙で穏やかで、いつも微笑んでいる人。対照的にリダーシップを発揮し、今やグループのまとめ役の湯浅くん。本来、おばあちゃんの好みのタイプは早川くんのような人。けれど、長身で爽やかで笑うと真っ白な歯がこぼれる女子受けのする湯浅くんが

    「お前、バッカじゃないの?そんなことあるわけないだろうに、間抜け!」

    と言いつつ軽く頭をコツンとたたいたり

    「へ〜っ、吉井って案外かわいいとこあるんだな」

    とか、ああだこうだというやり取りを続けるうちに『あれあれ、もしかしたら…。これって、湯浅くんに好かれているってこと?』との思いがだんだん強くなって行ったのよ。

     

    その時点でグループのメンバー全員がフリーな状態、彼・彼女がいないということは周知の事実だったから当然、湯浅くんにもステディーな関係の女性はいないはず。だから、なおさらよね。でも、それ以上におばあちゃんの自惚れがその勘違いに拍車をかけたの。

    『胸が大きいとは言えないけど女性陣の中では一番スタイルの均整がとれているわ。それに、洋服のセンスも一番のはず。顔は二人よりちょっと劣るかもしれないけれど、色が白くて肌がきれいだ、ってよく褒められるし、色の白いは七難隠す、よね。だから大丈夫』。

    いったい何が大丈夫なのか意味が分からないけれど、その頃にはすでに、おばあちゃんは湯浅くんにすっかり夢中。恋してしまっていたのよ。そして、湯浅くんもおばあちゃんと同じ想いでいてくれると思い込んでいたのよね。

     

    だけど、その恋はあっという間に思いがけない形で終わりを告げることとなるのよ。

    「ねぇ、綾乃ちゃん。湯浅くんのこと、どう思う?」

    と、ある日、ミッちゃんがおばあちゃんに尋ねたわ。

    「えっ、どう思うって…」

    おばあちゃんは一瞬、自分の気持ちがミッちゃんに見抜かれてしまったのかとドキッ。あたふたと返事に窮していると、恥じらいと喜びにあふれ、輝く瞳のミッちゃんが

    「あのね。湯浅くんが付き合ってほしいって、交際申し込まれたの。昨日」

    と、おばあちゃんに告げたのよ。

     

    そうか、そうだわ。湯浅くんがおばあちゃんにコンタクトしてくる時は、いつでもミッちゃんがおばあちゃんの側にいたのですもの。おばあちゃんは恋の当て馬だったってことよね。『ほんと、辛いわぁ』。そう、当時は人知れず辛さを噛みころしたこともあったけれど今では、自分の自惚れを恥じるだけね。