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《おばあちゃんの恋袋 第七十七話》惚れたが勝ち〜妄想一直線〜

  • 2015年04月20日  吉井 綾乃  



    「太陽に会いたいよう」

    そんな語呂合わせがテレビで流れたのは4月の上旬。気温も低く日照時間の少なさがニュースの話題になった。東京では3月の忘れ雪どころか4月に何十年かぶりに雪が降り、春とは思えぬ日が続いたとか…。さて、皆様の体調はいかがなものか?

    思いがけない天候の乱れや、人間の想いは予測不能なもの。而して、人の恋心も自然の営みの如く人智の及ばないものかは。

     

    今どきは、『思い込んだら命懸け』とか『一念岩をも通す』とか、とんと聞かなくなったわねぇ。でも、今も昔も人の思念は深く強いものだと思うのよ。

    さてさて、今日はその想いが人一倍強かった弓子さんのお話。

     

    弓子さんは今から40数年前、新橋の会社勤めのOLさんだったわ。彼女は一見、大人しそうな女性なのよ。ところが、その思い込みの激しい性格が災いしてか、彼女は毎日のようにミスを連発していたの。だから、会社では『困ったチャン』と言う有り難くないレッテルが張られていたわ。しばしば騒動を起こし、その度にたいていの場合は会社の女性陣がその騒動の尻拭いをするのよ。当然、女性陣の覚えはめでたくはないわよね。

    とは言え、いつもニコニコ笑顔を絶やさない弓子さんは男性陣からの評価は低くなく、隠れファンもいたくらいよ。だからと言って弓子さんが女性陣に嫉妬されたかと言うと、そんなことは全くなかったわ。だって、女性陣は弓子さんをライバル視してはいなかったのですもの。そうなのよねぇ。意地悪な言い方をすれば弓子さんの容姿は女性の嫉妬心を煽るほどではなかった、と言うことになるかしら…。

     

    おばあちゃんの目から見た弓子さんは、ドが付くほどの天然ボケ。

    「この伝票お願いね」

    と、先輩OLに指示されればアルバイトのおばあちゃんにでも自分が何をすべきかわかるのだけれど弓子さんは

    「はい」

    と、答えるのだけれどやることがトンチンカンなのよ。確かに『伝票お願い』には伝票作成するのか関係部署に届けるのか没処理するのかたくさんの指示が含まれるわ。でもね、状況や仕事の流れでわかることだからほとんど何の問題もないはずなのだけれど…。

    弓子さんにかかると、まだ終わっていない仕事の伝票が終了扱いできちんと整理ファイルに綴じられたり、まるで関係ないところに伝票が届いたりと、その度にてんやわんやの大騒動なのよね。ご本人は思い込みが激しく何の疑問も持たずに行動するので返事はいつもニコニコ、『はい』なの。だから、余計に厄介よね。

    そんな弓子さんが恋した相手がイケメンの和明さん。

    和明さんは取引先の営業マンよ。個人的にも会社内に気の合う仲間がいたということもあって、和明さんは毎日の様に弓子さんのいる部署に顔を出していたわ。彼に毎日、爽やかな笑顔で挨拶をされるうちに弓子さんに恋心が芽生えた、というより思い込みに火が付いたのだと思うわ。

    それからは、妄想一直線。『和明さんは運命の人、二人は結ばれるのが定め』それが弓子さんの想いよ。相手の和明の与り知らないところ、弓子さんの心の中では恋は成就することになっていたのよね。

     

    当然、弓子さんは恋心を隠そうともしなかったし、弓子さんの恋心はすぐに周りの女性陣の知るところとなり、大方の女性陣はそんな弓子さんの恋心をちょっと冷ややかな目で見ていたわ。そして、それにはそれなりの理由があったのよ。

    実は、お相手の和明さんは大変なモテ男。会社内外には和明さんのファンがたくさんいたのよ。

    『笑うと目じりにできる笑い皺がとてもセクシー』『ワイシャツ越しからでもわかる筋肉質の身体が最高にステキ』『あの声で耳元に囁かれてみたい』エトセトラ。これが先輩OLのお姉さま達の意見よ。自他ともに認める文句のつけようのないイイ男の和明さん。ご本人も十分それを知っていたけれど天狗になるようなことはなく、とてもスマートに独身を楽しんでいる感じね。それに、和明さんにはステディーな関係の人を敢えてつくらないという雰囲気もあったから、女性陣はどこか牽制し合っていたわね。

    もしかしたら、皆が知らないだけで彼にアタックした女性もいたのかもしれないけれど、公にはファン心理の『みんなの和明さん』状態なのよ。だからそんな中、会社の『困ったチャン』が畏れ多くも和明さんに懸想するなんてとんでもないでも、弓子さんの想いが和明さんに届くわけがない、というのが女性陣の大方の考えね。

     

    他の女性陣から見ると弓子さんは差し詰め、女性版、ドン・キホーテだと思われていたのよね。彼女を助けるロシナンテもサンチョ・パンサもいなかったけれど弓子さんは果敢に和明さんに挑戦し続けたわ。

    もともと、素直でイイ人の弓子さんは他の人の裏側や憶測など眼中にないのよね、きっと。だから、周りの冷笑に近い雰囲気もものともしていなかったわ。

    毎日、和明さんに会うたびに目をハートマークにしながら身体中に恋する心と歓びが溢れていたの。そう、輝いていたわ。

     

    さてさて、そうこうしながらどのくらいの時間がたった頃だったかしら?おばあちゃんはアルバイトを辞めてしまったし、お二人とおばあちゃんは親しい間柄ではなかったので、事細かな事情は分からかったけれど、大方の予想を裏切った大どんでん返しの結末を聞くことが出来たわ。そうなの。弓子さんが想いを貫き和明さんのお嫁さんになっていたのよ。

    しかも、弓子さんより和明さんの方が幸せそうで『やることなすことトンチンカンで退屈しない。毎日笑わせてくれる』と、和明さんは嬉しそうに話しているのですって…。

    これは、弓子さんのニコニコ笑顔の勝利。一念岩をも通したわけね。

     

    自分の気持ちに正直になるのは簡単そうで難しいものだわ。素直な弓子さんに恋の女神がほほ笑んだのでしょうね。