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《おばあちゃんの恋袋 第七十九話》良い人はいいね〜哀しい結末〜

  • 2015年05月04日  吉井 綾乃  



    世はゴールデンウイーク真っただ中。

    最長12日間、お休みの企業もあるようだ。

    晴耕雨読とまではいかぬ、浪々(老々?)の身なれば浮足立つ世間様を羨みながら、春の良き日を一人楽しむこととしましょうか。

    世間様の喧騒に取り残された一抹の寂しさは、ないものねだりの浅はかさと合点承知だが、

    こと成就出来ない恋心のないものねだりは浅はかではなく、哀しく切ないものだろう、と思う。

     

    さてさて、今は昔の恋物語。

    勝気な美緒ちゃんと美緒ちゃんが恋した心優しい関根君。この二人の恋物語は如何相成りましたでしょうか?

    おせっかいな仲人姉ちゃんだったおばあちゃんの質問に答えて美緒ちゃんのことを『良い人だと思います』と言ってくれた関根君。それを聞いて、関根君も美緒ちゃんを憎からず思っているのだわ、とおばあちゃんは独り言ちてすっかり安心していたのだけれどねぇ…。

     

    美容院のある街からは一日にバスが2・3本しか運行していない、しかも途中の町で乗り換えなくてはならないという山の中の生まれの関根君。そのせいでもないだろうけど、とても朴訥な青年だったわ。笑顔が優しげなとても物静かな人よ。だけど、少し吃音だからあまり人前で話すのが得意ではないように見えたわね。

    ちょっと、はにかみながら『いらっしゃいませ』と控えめに声を掛けるだけで、あとは、お客様の質問にニコニコと『はい。いいえ』と答える程度の会話よ。関根君が自分から話しかけているのをおばあちゃんは見たことがないわ。マ、まだ見習いさんだったせいもあるでしょうけれど…。

    今どきの美容師さんのように接客サービスとして会話術もマスターしなければならない時代なら、関根君に美容師さんは勤まらなかったかもしれないわね。昔々の美容院と言えばお客様も女性なら美容師さんも女性、女だけの世界みたいなところよ。その世界に貴重な男性だから、接客サービスの会話までは要求されていなかったのが幸いだわ。

     

    男性の筋張った手に色気を感じる女性は多いものだわよね。

    関根くんは確かにスレンダーで、大柄な美緒ちゃんの後ろに隠れてしまいそうだったのよ。けれど、今思い返せば細マッチョタイプだったのかしら?おばあちゃん自身も若かったし、若い時は自分たちの身体がたるんでいないのが当たり前。だから気がつかなかったのかも…。だってとにかく、身体が細いのに関根君の腕は男らしく筋張っていてそれに、肌の色も浅黒く日焼けしていたわ。

    手を使う仕事の美容師さん。美緒ちゃんの手は強いシャンプー液に負けて悲惨なことになっていたけれど、関根君は肌が強いのかあまり肌も荒れてはいなかったわね。

    美緒ちゃんがいつもうっとりと見つめていた筋張った腕と長くて細い指を持つ大きな手はおばあちゃんから見ても色っぽいと感じたものよ。関根君の全体の印象とはだいぶかけ離れているけれど確かにセクシーな手の持ち主だったわ。

     

    お互いに練習台になる美緒ちゃんと関根君。関根君のセクシーな手でシャンプーしてもらう度に早鐘の様に打つ美緒ちゃんの心臓。『心臓の音が関根君に聞こえやしないかって、もっとドキドキしちゃうのよ』と、美緒ちゃんが告白した頃はまだ、蜜月(?)。

    でも、正確には二人が蜜月を迎えることは、一度もなかったのよね。

     

    あれは、帰省したら二人の勤める美容師の顔を出すのが当たり前の様になりかけた頃だったかしら、

    「綾乃ちゃん、今さぁ好きな人とかいる?」

    と、背中にどんよりと暗いオーラを背負い、この世の終わりのような顔で美緒ちゃんが口を開いたわ。久しぶりの帰省のお茶会なのに会った直後から、どうもテンションの低いのが気にはなっていたのだけれど、のっけからの先制パンチ。言葉を探しているうちに、

    「片思いって、辛いよね」

    と、涙ぐみながら大きなため息。雰囲気も最悪よ。

    「片思いって、なに?何のこと?関根君とダメになったの?」

    すると、

    「ダメになんかなってないよ。最初から始まっていないもの」
    「えっ!?」

    状況を把握しきれていないおばあちゃんを尻目に

    「関根君も片思いなんだ。辛そう・・・」

    と、また訳の分からないことを言い出す粗末。

    「えっ、えっ。なに?どういうこと?」
    「関根君、若先生が好きなんだ。旦那さんいるのに…。それも、すごーく好き…」
    「えっ?なに?」

    若先生とは経営者の娘さんのこと。美容院の経営者の母親が先生で、その娘さんが若先生と呼ばれていたのよ。若先生のお婿さんは年下の会社員。まだ、新婚さんじゃなかったかしら?おばあちゃんから見ると、先生と呼ばれる立場だけあっってテキパキとしたキャリアウーマン的風貌と目鼻立ちの整った顔をしていたわ。だから却って、見る人によっては冷たくきつい印象を与えてしまうような気がしていたわね。とても、関根君が好きなるタイプだとは思えなかったのに…。

    しばらく、帰省してないうちに状況は一変。いいえ、一変じゃないわね。最初から何も変わってはいないのですもの。

    美緒ちゃんは細かい心配りのできる優しい関根君に恋して毎日、彼の顔が見られることが幸せで、それだけで心が満たされていたのね。だから、関根君に自分と同じ気持ちを持って欲しいというところまで行きついていなかったのだと思うわ。

     

    でも、ある日美緒ちゃんの幸せな心は全部砕け散ってしまったのよ。

    美緒ちゃんは、気づいてしまったのよね。何故か哀しげで悩んでいるような関根君を見守るうちに、関根君の視線の先にはいつも仝若先生がいることに、よ。そして、いつも関根君を見つめていた美緒ちゃんにとって、関根君の恋心の相手が若先生だと知るのは、そんなに難しいことではなかったのでしょうね。

     

    関根君も辛い。辛い関根君を毎日見ている、関根君に恋する美緒ちゃんはなおさら辛い。ないものねだりの恋心は哀しいものよね。