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《おばあちゃんの恋袋 第七十五話》プラットホーム〜恋の上野駅〜

  • 2015年04月06日  吉井 綾乃  



    何とも心残りなことよ。

    今年は、お花見の計画もまだ立てぬ間に桜前線が駆け抜けて行ってしまった。見頃がアレヨアレヨ、あっ、という間に行き過ぎたのだが、今年の桜はやけに急ぎ足だ。

    毎年、春がくれば当り前のように桜に出会えるものと決めてかかっているが、桜といえども自分から会いに行かねば会えぬ、は道理。

    恋もまた、然り。待っているだけでは成就は叶わぬものかは…。

     

    さてさて、北陸新幹線が開通して半月あまり。金沢はおばあちゃんも大好きな街だけれどそろそろ、狂想曲も落ち着いた頃かしらね。

    今日は、新幹線といえば東京〜新大阪間の東海道新幹線だけしか走行していなくてそれも、やっと開通したばかりの頃のお話よ。

     

    昔々、男と女ありき。

    進さんは東北出身のサラリーマンの二年生。東京の大学を卒業すると、そのまま東京の建設会社に就職した進さんには結婚を約束した一つ年下の彼女がいたの。

    彼女の名は真紀子さん。彼女は男兄弟二人のお姉さんで長女。それから5年後には、その進さんの彼女・真紀子さんをおばあちゃんは『ねぇちゃん』と呼ぶようになるの。実は、真紀子さんを『ねぇちゃん』と呼ぶ弟とおばあちゃんは親友同士。それに、お姉さんの真紀子さんとも、とても仲良し。だから、自然におばあちゃんも真紀子さんを『ねぇちゃん』と呼ぶ、と言った次第なの。

    気付いてくれた人がいたら嬉しいのだけれど、真紀子さんは32話に登場した、『ねぇちゃん』と同一人物よ。正確には、まだ若く初々しい頃の『ねぇちゃん』ね。勿論まだ、おばあちゃんとは出会ってはいないわ。弟くんが山梨から上京した後、おばあちゃんと出会った頃は三軒茶屋のアパートに弟と二人で住んでいたけれど、その当時の真紀子さんは会社の寮住まいよ。

     

    高校時代は柔道部に籍を置いていたという進さんは見上げるような大男。身長だけではなく横幅もあったから大男という表現がピッタリの逞しい体躯の持ち主なの。反対に、真紀子さんはちょっと強い風でも吹こうものなら飛ばされてしまいそうなぐらい、華奢で小柄な人。

    おばあちゃんと出会った頃には、三十路に近く既にお局様の風格が身について、実際の体より一回りは大きく見えていたけれど…。弟もおチビさんだったけれど真紀子さんも本当に小柄な女性なの。昔の4コマ漫画、『小さな恋の物語』の中の『チッチ』によく似たイメージよ。残念ながら、写真で見た限りでは、進さんは『チッチ』の恋人『サリー』とは似ても似つかないわね。でも、唯一身長の高いのだけは共通点よ。と、言っても若い方々は4コマ漫画の『小さな恋の物語』を知らないかしらねぇ。

     

    二人の出会いは、真紀子さんの勤めるケーキ屋さん。進さんは今でこそ珍しくなくなったスイーツ男子だったのよね。当時は、今の様に男の人が甘いものが好きだなんて大っぴらに公言できるような風潮は皆無よ。おバカな話、おばあちゃんもだいぶ大きくなるまで大人の男の人は甘いものが苦手だと信じていたくらいよ。だから、真紀子さんもお付き合いする前は毎日の様にケーキを買いにくる進さんには、ケーキが大好きな奥さんか彼女がいるのだろうと思っていたらしいわ。だけど、勿論真紀子さんに会いたかったという理由もあるのでしょうけれど、進さんは厳つい風貌を大きく裏切り本当にスイーツが大好きな人だったみたいね。

     

    そのお店はケーキを売っているだけでなく喫茶コーナーもあり、進さんがコーヒーや紅茶を注文して休んで行くこともあったらしいけれど、一緒にケーキを注文することは一度もなかったそうよ。昔は、男の人にとっては人前でケーキを食べることは恥ずかしいことだったのよね、きっと。

    そんなある日、いつもより長い時間喫茶コーナーで大きな体を持て余し気味にしている進さんの空になったコップに水を注ぎに行ったウエートレス姿の真紀子さんに、

    「あの、今度、今度ですね、時間があったら時間があったらですね、あの、一緒に食事お食事でもいかがでしょうか」

    と、進さんが東北訛りの残る言葉と必死の形相で言ったそうよ。それが、交際の申し込みね。もともと、長女でしっかり者で性格もはっきりしている男前な真紀子さん、思わず母性本能に火がついたらしいわ。

     

    それから二人は恋人同士、よほど相性が良かったのでしょうね。『一緒になろうね』と約束を交わすのに、ほとんど時間はかからなかったみたい。

    地方からの若い女の子たちを多く採用している真紀子さんの会社の寮は門限やルールが厳しくて外泊許可がないと外泊は禁止なの。だから、真紀子さん東京近郊に突然親戚が出来たり遂には、叔母さんや叔父さんが不慮の事故にあったり亡くなったりと、ずいぶん嘘の届けを出していたみたいよ。

    でも、恋の神様はやっぱり少し意地悪ね。結婚まで約束している二人なのに突然の帰還命令が進さんに届いたの。込み入った家庭の事情があり、進さんは生まれ故郷に帰ることを余儀なくされたのよね。それでも、二人は本当の別離を選んだわけではないわ。『一緒になろうね』の約束は守られるはずだったのよ。

     

    進さんは片道4時間半もの時間をかけて上野駅につき、二人は何度も短い逢瀬をくりかえし、その度に上野のプラットホームは二人の悲しい別れの舞台になったのでしょうね。

    「帰る進さんと一緒に何度も夜行列車に飛び乗ろうと思ったものよ」

    と、真紀子さんは可愛いらしくはにかみながらそう呟いたわ。

    それは、おばあちゃんが知っている『ねぇちゃん』の顔ではなく可憐ではかなげな乙女の顔…。

    その後、結ばれることはなかった二人だけれど上野駅のプラットホームは間違いなく恋する二人の目撃者、おばあちゃんの知らない真紀子さんの顔を知っているに違いないわよね。