TOP > イククルコラム > 《おばあちゃんの恋袋 第七十四話》イイ女の作り方〜痩せ我慢〜

《おばあちゃんの恋袋 第七十四話》イイ女の作り方〜痩せ我慢〜

  • 2015年03月30日  吉井 綾乃  



    忘れ雪は、春の季語。

    明日で、三月も終わりを告げる。が、今年も三月の忘れ雪を見ることはなかった。

    春を待ちわび、雪に降られればたいそう困ることも多いのに、心のどこかで最後の雪、名残雪を見てみたいという気持ちが動く。人間とは勝手なものである。

    そんな人間様の勝手気ままの代表選手は、自由に羽ばたく恋心というところか?

    とは言え、恋する心は複雑怪奇。いつの世も快刀乱麻とはいかぬ、が常。

     

    さてさて、今度は思い出の中の誰のお話にしましょうかしらねぇ。

    そうね、今日のお話は若かったおばあちゃんが憧れていた女性、佳代子さんのことにしましょうかしらね。

    大人の女性への賛美の一つに『イイ女』というフレーズがあるけれど、佳代子さんは掛け値なしの『イイ女』だったわ。

    誤解しないでね。まだ、若かった若輩者のおばあちゃんが上から目線で『イイ女』呼ばわりしていたわけではないのよ。

    その当時はおばあちゃん自身が佳代子さんの魅力の虜。大袈裟じゃ無く佳代子さんの一挙手一投足にポカンと口を開けて見惚れていたの。どう表現すれば良いかしら?とにかく、自分も佳代子さんのような大人の女性になりたい、と思っていたのは確かね。だから、勝手に佳代子さんを自分よりだいぶ年上の女性と決めつけて接していたの。それに、そんなおばあちゃんの接し方に佳代子さんは一度も否定的な対応をしたことはなかったの。でも、今思い返してみると、佳代子さんとおばあちゃんの年齢にはそんなに差がなかったのかも、という気もしているのだけれど…。

     

    佳代子さんは小股の切れ上がったという形容詞がピッタリ当てはまる、きりりとした腰高で美しい姿態の持ち主。そして、動きには寸分の無駄もなく流れる様に優雅、そのくせどこか色っぽいのよ。その色っぽさも計算されたものではなく、仕草の一つ一つに滲み出ている感じなの。そんな佳代子さんが流し目、秋波でも送ろうものならどんな男性も一ころだろうと思われたわ。

    実際、そんな佳代子さん目当てのお客さんでお店は毎日の様に満員御礼状態だったわね。そう、佳代子さんは目黒の権現坂の小さなスナックの小(ちぃ)ママさん。若かりし頃は花柳界に身を置いていたという大ママはその当時、すでにだいぶお年を召していたわ。若い時はお年寄りの実年齢が良くわかっていなものだから、もしかしたら実際はもっと若かったのかもしれないけれど、74・5歳ぐらいにみえたわ。毎日、小柄な身体で粋に着物を着こなし、髪を一つに結い上げ仇っぽく微笑むのは昔取った杵柄ね。その大ママが襷掛けで作る料理が絶品なのよ。その料理目当てのお客様も多かったと思うわ。

    おばあちゃんも最初は大ママの料理の虜になったのよ。当時、おばあちゃんは目黒界隈が根城だったわ。そんな時、アルバイト中の昼食時にたまたまランチを食べに入り、その時食べた出汁がたっぷりきいた讃岐うどんのあまりの美味しさに、それから毎日通い詰めたの。他のランチメニューには目もくれず飽きもせずにサブメニュー的な讃岐うどんを食べに来る変わった娘だと思われたわ、きっと。

    「今度、ぜひ夜も遊びに来て頂戴。夜は殆ど若い小ママに任せているのだけれど、おつまみは私の仕込みだから、みんな美味しいわよ。早速、今晩にでもどう?」

     

    そして、若いおばあちゃんはその大ママの言葉を真に受けて宵の口からスナックの扉を押したのよ。案の定、お客様はまだ一人もいなかったけれど、大ママは大歓迎してくれたわ。

    佳代子さんとはその時が初対面よ。たぶん、本当にポカンと口を開いていたに違いないわ。その時からおばあちゃんは佳代子さんの虜よ。憧れだったわ。

    佳代子さんは大ママの遠縁の娘さん。一緒に住んではいないけれど、結婚をしていない大ママの養女みたいな間柄だったの。ゆくゆくは佳代子さんにお店を譲るつもりで彼女に料理からすべて教えているところだったのね。でも、基本的にお客様がいる間はお店を開けているので、昼ランチの営業をしている大ママが最後までお店に出ているのは体力的に無理があるわ。そんなこんなで、小ママの右腕になれるような人を探していたというのが真相だったみたい。おばあちゃんを見込んでくれたのは嬉しかったけれど、残念ながら、当時は掛け持ちのアルバイトをしている時だったので物理的に無理だったのよね。でも、それからはちょっと時間ができた夜には佳代子さんに会いに行ったの。お通しをカウンター越しに出す白魚のような手と仕草の色っぽさ…。お客様との軽妙な会話と大ママ仕込みの料理の腕前。こんな素敵女性が恋するお相手はどんな人なのだろうか、とても興味があったわ。

     

    その答えは、意外なところから判明したわ。

    佳代子さんのお店がお休みの日曜日のある日、おばあちゃんと佳代子さんは『女二人で銀ブラデートでもして映画でも見ようか』ということになり銀座まで出かけたの。映画を見終えて、暮れなずむ銀座の街をそぞろ歩いていると前から幸せオーラいっぱいのカップルが歩いて来るのが見えたわ。その瞬間、隣の佳代子さんが電流に打たれた様に固まったの。時間にしたら本当にほんの一瞬、一秒足らずよ。ところが、出会ったとたん

    「○○さん、しばらくねぇ。そちらは彼女さんかしら?可愛い人。今度は二人でお店に来て頂戴ね。待っています」

    と、満面の笑みでの営業トーク。

    「お店のお客さんですか、彼?」

    「うん、そう」

    と、答えた佳代子さんの横顔の目に光るものがと気付くと同時に一筋の涙がハラリ…。

    そう、彼が佳代子さんの恋する人。でも、片思いなんかじゃないのよ。その時、二人は誰にも知られず交際中、だったのよ。二股なのか遊びなのか男の真意は分らないけれど、佳代子さんがひどく傷ついたのは確かよね。

    「やっつけてやればよかったですね、あんな男」

    と、言うおばあちゃんに

    「そんなみっともないこと出来ないわ。いくら好きでも悔しくても、我慢するのよ。痩せ我慢には慣れているわ。みっともないことが一番嫌いよ」

    と、寂しげな笑顔で答えた佳代子さん。

     

    『イイ女』の条件は痩せ我慢が出来る人だと学んだわ。