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《おばあちゃんの恋袋 第七十話》恋愛依存症〜モドキの恋〜

  • 2015年03月02日  吉井 綾乃  



    日がだいぶ長くなった。啓蟄も間近。春はもうそこまで来ているのだと、実感できる日も多くなってきている。

    一雨ごとに暖かくなってくるのが嬉しい。まだ、寒の戻りがあるや、もとも思うが確実に春はやってきている。

    雪国の人々が春の訪れを待ちわびるほどの強い思いはないものの、どこか人恋しさに似た思いで春を待つ。

    はて、これは…?若き日なら恋の予感と呼べるときめきに近いかもしれぬ、と思う。

     

    さてさて、今日は365日恋の予感を感じていた、否、感じていると勘違いしていた、自称『恋多き女』、祥子さんのお話。

    祥子さんとは、実家の3軒むこう隣りの一つ年上のお姉さんの名前よ。昔は近所の子供たちが学年など関係なく総出で遊ぶことが多かったから、年齢に関係なく縦のつながりが自然とできたものなのよ。けれど祥子さんは、幼いころから外で遊ぶことがほとんどなかったの。だから、一緒に遊んだ記憶は残っていなくて田舎の行事の折々に顔を合わす程度の幼馴染み、(これって幼馴染みの範疇には入らないかしら?)なの。

    祥子さんが外遊びをしなかったのは体が弱かったせいもあるのだろうけれど、一番の理由は母親の影響が強いのかもしれないわ。おばあちゃんの記憶では、彼女のお母さんは遠く(東京)からお嫁に来た人だったはず。人付き合いが苦手らしく近所付き合いをほとんど拒否。対外的なことは祥子さんのお父さんがこなしていたのよね。昔の田舎の生活は近所との付き合いが密だから、その田舎暮らしが性に合わなかったのかもしれないけれど、お母さんが周りと打ち解けることが出来ないと子供もなかなか周りと仲良くするのは難しいわよね。このことが後々も祥子さんの対人関係に大いに影響を与えたのかもしれないわ。特に祥子さんは一人っ子だったしねぇ。

     

    当時、祥子さんの着ている洋服はあか抜けて可愛いものばかり。近所の洟垂れ女の子たちとは一線を画していたわね。あれは、お母さんが地元で調達することをしなかったからに違いないわね。そんな幼少時代を経て、お洒落で都会的な女性になった祥子さんに再会したのはおばあちゃんが東京に出てきてまだ右も左も分らない頃だったわ。新宿駅で山手線から小田急線に向って歩いていると、

    「綾乃ちゃん?綾ちゃんよね」

    見覚えのないきれいな女性に呼び止められて一瞬きょとんとしてしまったわ。

    「わたし、私よ。○○の祥子よ」

    ひえ〜、この美人さんが祥子さん?確かにそう言われれば面影があるような無いような…。

    「嬉しい!東京に出てきて初めてよ。○○(田舎の名前)の人に会ったのは!綾ちゃん、まるで変わってないわねぇ」

    と、おばあちゃんの両手をとって本当に嬉しそう。

    「ねぇ、ねぇ。これから時間ある?私のアパート下北沢なの。ここから直ぐよ。積もる話もあるし…。寄って行って。ね、一緒に来て。良いでしょ。決まりね」

    おばあちゃんは内心、『積もる話など皆無だ』と思いつつ、思い出してもいたわ。子供の頃から祥子さんは同級生の女の子たちとは別世界の住人、というか親しい友達と呼べる人がいないという事実をよ。まさに自己中とも思えるこの強引さは幼い頃からの負の遺産ね。

     

    断る理由も思いつかないまま、半ば拉致状態で彼女の部屋に着くといきなり

    「ねぇ、聞いてくれるかな?綾乃ちゃんって小さい時から頭良いし、しっかりしているから相談相手になってほしいんだよね」

    いや、いや滅相もない。

    「えっ、ダメですよ。祥子さんのほうがお姉さんだし、無理ですよ。無理」

    この会話自体、東京で同郷人に会った時の会話ではないわよ。その様な場面では、懐かしさのあまり最初に尋ね合うのは田舎の近況と決まっているもの。

    「実はね。今の彼、奥さんがいるの。不倫なのよ」

    って、のっけからハード…。まだ、二十歳前の乙女に相談する内容じゃない事は祥子さん、百も承知なのだろうけれど、それからは機関銃のごとく自分の恋の遍歴をしゃべりまくり。ただただ、恋物語を聞いてほしいだけよね。

    「私、恋多き女なのよ」

    と、真剣な顔でつぶやかれても、なんと答えたらよいのやら。困ってしまうわよね。それに、夕ごはんもまだ食べてないし、お腹がすいたことにしか頭が回らなかったわ。

     

    でも、おばあちゃんと一歳だけの違いなのに、確かに自分で言うだけあって恋多きことは確かね。

    祥子さんはその時、短大の2年生。女子高時代は美術部の顧問の先生と恋に落ち、その先生が他の学校に赴任してしまうと次が教育実習でやってきた大学生との恋。そして、東京の短大へ。東京に出て来てからというもの、町を歩けば必ず男性から声をかけられるらしいわ。きっと、これは本当のことよ。でも、彼女曰くそこから恋は生まれないらしいわ。彼女の恋の舞台はもっぱら、学校内ね。女子だけの短大だけれど彼女が恋に落ちる相手にはことかかなかったようだわ。祥子さんの自慢は、『決してフタマタをしないことと愛を貫くこと(本人談)』らしいけれど、現在進行形の不倫にしても一つ前の恋にしても、祥子さんが自分で宣言している通り愛を貫いているようには見えなかったの。祥子さんの語る恋物語では相手の顔がまるで見えてこないのよね。だからといって祥子さんが嘘を言っているとは思わないのだけれど、どの恋も祥子さんだけが恋していて相手が不在なの。祥子さんが言うには、言葉がなくても相手の思いが痛いほどわかる、恋の予感と言うものがあるのだそうだけれど、おばあちゃんにはまるで理解不能だったわ。

     

    その日は、部屋中に響き渡るほどのおばあちゃんのお腹の音でやっと解放されたわ。だけれど、それからというもの祥子さんがお見合い結婚するまでの2年間、おばあちゃんは祥子さんの恋物語の聞き役を仰せつかることとなったの。

    我が儘で自分勝手な人だとは思いつつも、思い返せば、祥子さんの恋愛依存としか思えぬ恋物語を聞くのは案外楽しいものだったわ。