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《おばあちゃんの恋袋 第三十一話》じれったい!〜いい人の恋〜

  • 2014年06月02日  吉井 綾乃  



    夏が待ち遠しい、そんなふうに思えていたのはいつ頃までだったろうか? 

    今ではすっかり春のまどろみに心奪われて、夏を恋しがることもなくなってしまった。 照りつける太陽や滾る様な暑さは、エネルギーにあふれた若さに良く似ている。 そんな夏の到来をさほど心待ちにしていないのは、少し寂しい気もするが年老いた証の様なものなのだろう。もうすぐ夏。 夏の様な情熱を恋する人に捧げれば素敵な恋愛が幾つも生まれそうだ。

    然し、若い方々でも迸(ほとばし)るエネルギーを上手に操って恋に昇華出来る人は少ないようだ。 中でも情熱を母親の胎内に忘れて来たのだろうかと疑いたくなるような彼らの恋は厄介だ、と思う。

     

    さてさて今日は、一人の女性に一途に恋した丹治君という大学生のお話。

    あれはおばあちゃんがまだ東京の大学生だった頃お話。 同じクラスの中に目がくりくりっとした可愛らしい男子学生がいたの、それが丹治君。 

    おばあちゃんは幼い頃から、世の女性の一般的な好みに反して何故か背の低いおの子に視線が行くことが多く、好意を抱くおの子も小さなおの子が多かったのよね。 おばあちゃんの父親が小柄で背の低い人だったので、もしかしたらその影響が大きいのかもしれないわね。 だからおばあちゃんが好意を寄せるおの子には友達の間では往々にして「へぇ〜〜?!」という不思議マークと感嘆マークがついていたみたいよ。(センスそのものが疑われていたのかも・・) 

    そして丹治君もご多分に漏れずおチビさんだったから、女性群の中や仲良しグループの中でも一向に名前も挙がらないし、たぶん乙女たちの対象外に位置していたのでしょうね。 「丹治君って可愛い顔しているよね」そう言ったときの彼女たちのリアクションは「丹治君って誰?」「え〜〜、ない」こんな調子よ。これは丹治君の存在自体をあまり意識していない、というか端的にいえば丹治君の影が薄いということ。おばあちゃんの好み云々の問題よりも丹治君の性格に問題ありだったのよ。

     

    気が優しくても力持ちではない、そんなおの子。女の子のことを表現する時『日陰にそっと咲く花・・』的な褒め言葉もあるけれど丹治君は花ではないから日陰にいる人かしらね。陰気な人と言う意味ではないのよ。寧ろ何時でもニコニコと笑顔を絶やさなかったわ。 おばあちゃんからみると、伊豆の踊子の中に「いい人はいいね」というセリフがあるけど正にそんな感じ。でも残念だけれど大方の意見は眼中になしかしらね。 おとなし過ぎるのよ。それこそ産まれてくる時におかあさんのお腹の中に自己主張を忘れてきたかのようですもの。

     

    異性にもてるって実に気持ちが良いものだけれど、よくよく考えてみればわが身は一つ。だから想いを寄せている人から想われることが最終形よね。

    丹治君もたった一人、その人に振り向いてもらいたいと願っていたはず。その人の名は陽菜子。みんなからはひなちゃんと呼ばれていたわ。彼女はチャキチャキの江戸っ子、浅草育ち。丸く愛らしい鼻と丹治君と同じクリクリお目目それにプチプルな唇、とても可愛らしい女の子。体つきはチョッピリふくよかだけれど太っていると言うのではなく女の子らしい丸みが可愛らしい顔とマッチして、いっそう愛らしく見えたわね。

    丹治君がそんな彼女に恋しているのは、丹治君をいつも見ていたおばあちゃんにはお見通しだったわ。でも勘違いしないでね。 恋心から見ていたわけじゃないのよ。ズーと時間が経てば恋心に変わる様な事もあったかもしれないけれど、そうなる前に丹治君の気持ちに気付いたし、彼を見ていると『いい人なんだなぁ、丹治君って』といつもほっこり優しい気持ちになれたの。他の人達には効果がなかったようだけれどおばあちゃんには癒しの効果があったのよ。

     

    丹治君の気持ちに気づいてからはもう保護者、母親の気持ちよ。なんとか丹治君の恋を実らせてやりたい、そう思ったわ。 幸いひなちゃんはおばあちゃんの仲良し4人衆の1人だったし、どこか幼さの残る彼女は、耳年増でいつも横柄で偉そうにしているおばあちゃんが何故かお気に入りだったの。 ここだけの話、大学生にもなってトイレに一緒に行きたがるのにはちょっと困ったけれど、金魚のフンと周りから笑われるぐらいいつでも一緒に居たがったのよ。 だからと言って、(今なら出来るかもしれないけれど)丹治君から頼まれてもいないのに仲人おばさんの様なまねは出来ないでしょう? 若かったおばあちゃんとしては密かな恋心を暴き、もしかしたら丹治君を傷つける結果になる様なことは出来なかったわ。

     

    「丹治君、お昼一緒に食べる?」丹治君丹治君となににつけても彼を仲間に入れようとしたので仲間から誤解されそうになって慌ててしまったわ。 当のひなちゃんに誤解されては大変なので丹治君は、ただのお気に入りなのだということを徹底的に浸透させるのに苦労したわよ。

    なんとかして丹治君の想いをひなちゃんに伝えるチャンスを作ってやろうと一生懸命頑張ったのに暖簾に腕押しと言うか何というか・・。 彼はただニコニコと嬉しげに側にいるだけで一向に意志表示しなかったの。だからひなちゃんにも好意を持っているということは伝わったようだけれど、それ以上でもそれ以下でもないのね。ただそれだけ・・。

    見ている此方がイライラするほどじれったいのよ。 只一つの進展は「丹治君っていい人ね」とひなちゃんも認めたことね。 でも・・。『いい人』が『私のいい人』になるには問題やまずみよ。おばちゃんの手には負えなかったわ。