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《おばあちゃんの恋袋 第三十五話》再会 〜一人恋心〜

  • 2014年06月30日  吉井 綾乃  



    早、初夏になりぬ。つい最近、新玉の年を迎えたばかりの様な心持でいるのに、季節は移ろい、時は流れてゆく。なんと時の流れは速いものだろうか。思い違いではなく確かに、これが最後の恋と心定めた日もあったはずなのに・・。

    今ではそんな日は遥か遠くに過ぎ去り、まるで〈ゆめまぼろし〉の如く、である。しかし、そんな〈ゆめまぼろし〉をふっと思い出す時、一瞬にして時は巻き戻され、甘美な思いに胸が満たされて知らず知らずに顔がほころぶ。

    思い出の日々は戻って来るべくもないが、できるなら若き日の幼く未熟で赤面ものの自分を消してしまいたいと思うことは多々あるものだ。だが反面、その若さが愛しくもある。

    輝く様な若さは何にもまして大きな力の源なのだ、とつくづく思う。

     

    さてもさても縁は異なもの味なもの、合縁奇縁とは言え得て妙な言葉よね。前回で思い掛けず再会した人、彼とおばあちゃんの縁がその言葉通りだったのならとても嬉しいことだったのだけれどもねぇ・・。

     

    思いがけない再会の驚きが、彼への恋心に変わっていると気づくのには、ちょっとタイムラグがあったかしら。

    でも、寝ても覚めてもという表現が大げさではなく、彼の笑い顔が頭から離れなくなってしまったのは事実なの。だから気がつかないわけないわね。

    おばあちゃんの知っている彼、再会する前の彼は苦虫を噛み潰した様なしかめ面の怖い人だったのよ。それが数年後に再会した時には、優しく穏やかな笑顔のイケメンに豹変していたのですもの。驚きは半端じゃなかったわ。きっと、そのギャップにしてやられてしまったのに違いないのよ。でも、豹変・・?じゃないわよねぇ。もともと、本来の彼の姿をおばあちゃんは知らないのですものね。

     

    彼に初めて出会ったのは10代の終わり、まだまだおぼこい乙女時代のことよ。

    上京してまだ日も浅く、右も左もわからないうちに、何かに押されるように始めた最初のアルバイト。そのアルバイト先の店長さんが彼だったのよ。最初の出会いの時の彼は、何もかもが初めての経験で、いっぱいいっぱいだったおばあちゃんにとっては単なる怖い店長さんにすぎなかったわ。今思えば、彼がとても若くハンサムだということにも気づけないぐらい余裕がなかったのね。

    それに、その当時、まだうら若かったおばあちゃんの頭の中では店長さん=偉い人=年配者だったから、最初から好意を寄せる異性の対象外だったのよ。加えて、1カ月も持たないでアルバイトを辞めてしまったのですもの、彼の素顔が分かるわけはないのよね。

     

    彼に再会してからというもの『寝ては夢覚めてはうつつまぼろしの・・』の状態なのですもの厭でも彼に恋していると認めないわけにはいかないでしょう?

    だからと言って突然「好きです」と告白できるわけでもなく、告白したいと望んでいたわけでもないのよ。どう表現すればいいのかしらねぇ。気持ちがおろおろしている、かしら・・。芽生えたばかりの恋心ですもの、何処をどうすればどうなるのかなんてまるで考えてもいなかったわね。でも会いたい気持ちは募る一方よ。

    一目でも顔を見るということで会いたい気持ちは昇華出来るものよ。一目でも会いたいと文字にすると、とても思い詰めた気持ちみたいよね。でも気持ちはフワフワと夢見心地なのよ。むしろ幸せな気分なの。でも一目彼の顔を見ること、これが難しかったのよ。

     

    彼に会うための方法は、彼にデートを申し込む・彼の店に出向くかの2択ね。そこで、生まれついての臆病者のおばあちゃんがとった選択肢は・・当然の様にお店に出向く,よ。でも毎日のように彼のお店に食事に行くのはちょっと憚られたわ。距離や時間の問題もあったけれど、何より周りの人達の目が気になってしまったのよ。今でこそ、誰もおばあちゃんのことなど気にもかけていないと知っているけれど、乙女の気持ちとしては自分の恋心を周りの人に知られたくない、一心よ。

    お店に行けば、何時でも彼の顔が見られるというわけではないのよ。オープンキッチンのお店ではないから厨房で働く彼の姿は見えないわ。「彼を呼んで下さい」とは口が裂けても言えないし、もし言えたとしても、彼が目の前に現れたら何を話せばいいのか見当もつかなかったわ。殆どと言っていいほど彼には会えずじまいよ。でもそれでも良かったの。たまに厨房から聞える彼の返事の声を聞き、同じ空間に居るというだけで幸せな気持ちになれたのよ。

     

    あと一つ、一生懸命頑張ったことがあるわ。それはね、彼との再会を実現させてくれたおばあちゃんのアルバイト先の仲間から彼の情報を引き出す事よ。「このごろ、あのお店、え〜と・・何て名前だったっけあの店、食べに行った?」に始まり手を替え品を替え、彼の情報を聞き出す事に夢中だったわ。

    そして、思ったものよ。この時のアルバイト仲間が同性だったら良かったのに、そしたら正直に恋心を打ち明けて、もっと苦労せずに彼のことが聞けたのにって。

     

    結果的には、彼には決まった人がいておばあちゃんの恋心はあっけなくしぼんだ風船と化してしまうのだけれど、今では思い出すたびに当時の幸せな気持ちが甦って愛しく優しい気持ちになれるのよ。片思いでも独りよがりの恋心でも、やっぱり恋はいいものね。