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《おばあちゃんの恋袋 第三十話》セマちゃんの恋 〜勝負ありなの?〜

  • 2014年05月26日  吉井 綾乃  



    五月晴れというよりは夏日と呼ぶのが相応しい日が続いている。 ところが気象庁の発表によれば今年は冷夏だそうだ。異常気象・エルニーニョ現象での冷夏と聞けば、93年の酷い冷害を思い出す。農作物に及ぼす影響は計り知れないだろう。毎日の天気予報の様にたまに外してくれると有り難いのだが長期予報はなかなか外れない。

    前もって備えることで少しは被害を緩和することが出来るのだろうか。

    大きな自然の前に人間は無力だが、恋も思案の外と言う。なるほど恋する人の前では誰もが無力なのだ、と思う。

     

    今日はちょっと切ない恋のお話。おばあちゃんが上京してから親しくなった大好きな友人セマちゃんのお話よ。

    あまりにも昔々のお話でセマちゃんがあだ名だったのか本名に由来しているのか忘れてしまったのだけれど・・。出会った当初から本名を呼んだ記憶がないのでもしかしたらセマちゃんとしか教えてもらってないのかもしれないわ。

    彼、セマちゃんは歌舞伎の坂東玉三郎さんにそっくりのおの子だったわ。体つきも瓜実(うりざね)顔もそっくり。ただ其の当時まわりに歌舞伎に詳しい人もいないし、御本人もまだそんなにメジャーになっていなかったと思うのよ。それにおばあちゃん自身も坂東玉三郎さんの存在そのものを知らなかった様な気がするの。 だから後々の記憶で「あ〜セマちゃんて玉三郎さんにそっくりだったんだわ」とインプットされたのだと思うの。40年も前のことで、そのへんのところの記憶はあいまいだけれど恋物語は覚えているわ。

     

    セマちゃんが玉三郎さんとそっくりなのは容姿だけじゃなかったの。立ち居振る舞いが同じ。玉三郎さんは女形の歌舞伎役者。そうなの、セマちゃんはとても女性っぽい男性だったの。女らしいとは違うわよ。女っぽい・・かな?

    セマちゃんと初めて会ったのは、東京は五反田の喫茶店。セマちゃんは22・3歳、まだとても若かったわね。でも彼は其のお店を任されていたの。

    任されていたお店はわりと大きかったわ。ボックス席が10ぐらいあったかしら? 奥まったところにカウンターがあり、そこがセマちゃんの立ち位置よ。セマちゃんはコーヒーはもちろんのこと美味しいパフェもカクテルも作れたから職業的に言うとバーテンダーかしらね。

    其のお店は学生だったおばあちゃんが掛け持ちでアルバイトをしていた頃のお仕事の一つよ。 品川区の区会議員をしているというスーツを着た中年のおじさんが面接をしてセマちゃんが責任者だから「彼に何でも聞いて」と採用されたのはいいのだけれど、其のお店で働いている女の子達が酷い意地悪集団。3・4人いたかしらねぇ。その中のボス的な女の子がオーナーの中年おじさんの親せき筋にあたるらしく、やりたい放題言いたい放題。それも陰でやるから性質が悪い。セマちゃんは「おかま」オーナーは「どケチ親父」呼ばわりでせせら笑い、お客様の容姿はこきおろし、新入りは徹底的に無視。 そんな状況を良く知っていてセマちゃんは親鳥の様におばあちゃんを庇い、とても良くしてくれたわ。

    だからセマちゃんのことは大好きになったけど、そんなお店で働く気にはなれないから1カ月もしないうちに辞めてしまったわ。

     

    おばあちゃんと前後して可愛い女の子がまたアルバイトでやって来たの。お化粧っけもなく、素直でとても純朴そうな女子。東北生まれで少し訛りがありそれがまた可愛らしいのだけれど・・。あの悪魔どもがほっとくはずもなく、口真似をして嘲笑い、洋服がダサい、田舎丸出しのブスと言って嘲笑う・・。おばあちゃんに言わせればあの悪魔どもの方がよっぽどおブスですけどね。

    おばあちゃんに対してもそうしてくれた様にセマちゃんが彼女を庇ったのは勿論よ。でももっともっと真剣だったわね。何故ってそれはセマちゃんが彼女に恋したからよ。

    自分の好きな人が陰で笑われていたら嫌でしょう? それが理不尽な嘲笑だったら怒って当然だしセマちゃんは叱責出来る立場にいたのだけれど、彼の性格では無理だったのね。だからセマちゃんは彼女にお化粧することを勧め洋服を選び買ってあげて彼女の専属スタイリストになったの。もともとセンスの良いセマちゃんが選んだ装いをすると、あの悪魔どもよりよっぽどあか抜けて素敵に変身できたのよ。でも純朴さはそのまま残っていて尚良い感じにね。

    陰に日向にセマちゃんに守られて、程なくして池上線のセマちゃんのアパートで二人は一緒に暮らし始めたの。 メデタシメデタシ、と言いたいところだけれどここで終わりではなかったのよ。哀しいことにセマちゃんにとっては悪夢のような日がやって来るの。

     

    或る日ふらりとお店に顔を出したオーナーが彼女を横浜までのドライブに誘ったのよ。

    二人が一緒に住んでいることはオーナーにも内緒にしていたので、そんな負目もあったのかしら彼女はドライブに出かけたの。セマちゃんが後悔していたわ。あの時行くのを止めていたらって。

    この中年のおじさんが独身でお嫁さんを探しているのは女の子の間では有名な話で、オーナーが現れる度に悪魔っこたちの嘲笑のネタになってもいたのよ。

    とうとうおじさんは彼女に白羽の矢を立てたのね。 そして彼女もそれを拒まなかった・・。だって後におじさんと彼女は婚約したのですもの。

     

    高級外車に乗り、いつもスーツ姿のおじさんは区会議員で大金持ちの息子(らしい)。もしかしたらそれだけで勝負ありなの? 心優しいセマちゃんは、為すすべもなく彼女を諦めたわ。 セマちゃんの気持ちを思うと本当に遣る瀬なかったわねぇ。