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《おばあちゃんの恋袋 第九十七話》フォーリンラブ〜特別な人〜

  • 2015年09月08日  吉井 綾乃  



    明日は重陽、菊の節句だ。

    あの狂ったような暑さが何の前触れもなく去り、気配は秋。

    季節はすでに秋なのだから当然といえば当然なのだが、突然幕を落とされた如く、で、少し戸惑う。せめて夏の名残ぐらいは肌で感じたかったのだが…。

    良くも悪くも歳を重ねれば経験則が働き予期せぬ出来事は少なくなるもの。だが、どうせ恋に落ちるのなら、突然が良いと思うが、如何に。

     

    さてさて、今日の昔々のイイ男は…と言いたいところだけれど、これからお話するブンちゃん事、文男さんはとてもイイ男と言えるような男性じゃなかったわ。

    しばしば、まわりから異論が出るおばあちゃんの審美眼だから100%正解とは言えないけれど、失礼ながらブンちゃんは大変不細工な男性。…。おばあちゃんだって、先生や親から顔の美醜をあげつらうのはいけません、と教わったわよ。だからいけないことは百も承知なのだけれど…、一番話が早いのは、そっくりな似顔絵か写真を見せてあげることだと思うのよ。でも、それもできないので堪忍して頂戴ね。

    ブンちゃんは端的にいうならばおブスの最高峰。もちろん女の子にモテる様な顔からは、ほど遠いご面相だわ。女の子は「色の白いは七難隠す」というけれど男の子だって肌がきれいなら三難ぐらい隠してくれるはずよね。ところが、ブンちゃんの肌はニキビ跡がいっぱい。月面のクレーター状態なのよ。難を隠すどころかマイナスポイントだわよね。

     

    「綾ちゃん、今日もかわいいねゃ。男の子泣かしちゃぁいかんぜよ」

    と、言うのがその頃おばあちゃんがブンちゃんによく言われていたセリフよ。こんな風にいつも、土佐弁モドキで絡んで来たブンちゃん。

    ちなみに、ブンちゃんは高知県出身じゃないのよ。当時、ブンちゃんは坂本竜馬の大ファン、信奉者だったのだけれど、それが高じて、いつも変な土佐弁で話していたのよ。

    「おんしら、はよせーや」
    「綾ちゃん、銀行でお金こわいとーせ」(両替してきて)

    と、いう調子なのよ。

    仕事もでき、アルバイト歴の長いブンちゃんはおばあちゃんのアルバイト先のボス的な人だったわ。オーナーがほとんどお店に顔を出すことがなかったから実質、お店の切り盛りはブンちゃんがしていたようなものね。だから、新米アルバイトのペェ〜ペェ〜がブンちゃんと呼ぶのはアウトだと思うでしょう。ところが、皿洗いのおばさんたちや従業員の男性陣も全員『ブンちゃん』と呼んでいるし、最初に苗字の『○○さん』と呼んだら、『なんちゃじゃないぜよ。ブンでいいちゅう』と、言われペェ〜ペェ〜のおばあちゃんもブンちゃんと呼ぶことになったのよ。

     

    そして、おばあちゃんが働き始めて1週間もたたないうちに、そのお店にやってきたのが当時21歳の咲ちゃん。彼女はお店の前の『アルバイト募集』の張り紙を見て応募してきたのだけれど、実はおばあちゃんも同じなのよね。おばあちゃんが思うに『アルバイト募集』の張り紙をはがすのを忘れたとしか思えないのよ。だって間違いなく1名募集と書いてあったのですもの。

    ところが、『残念ながら、決まってしまいました』と断られることもなくおばあちゃんと一緒に働くことに…。思えば、この時点で既にブンちゃんの隠れた意図がみえなくもないわね。

     

    当時、咲ちゃんは洋裁学校の2年生。1年間社会人として働いて新宿の某有名な洋裁学校に入り2年目。通っている洋裁学校では毎日の課題が多く、アルバイトする時間もないのだけれど、2年生になり少し余裕も出て、自宅アパートと学校の途中にあるこの店の張り紙を見て思い切って飛び込んだらしいわ。

    おばあちゃんより2歳年上だった咲ちゃんは、見かけは小柄で華奢な可愛い人。大柄でガッチリタイプのおばあちゃんと並ぶとフトイ(イグサに近いカヤツリグサ科の植物)とカスミソウ。同姓で年下のおばちゃんでさえも守ってあげたくなる、可憐で男の人が手を差し伸べたくなるような女性なのよ。

    そんな感じ…、同じ同姓としたら羨ましい限りよね。でも、当のご本人は男っ気ゼロ。というか、それは咲ちゃんの自己申告によるものなのだけれどもね。嘘か真か、21歳になるまでお付き合いの経験もなければ交際を申し込まれたこともないとのこと。

    ま、たしかに、咲ちゃんは見かけに反して意思が強いというか強い一面もあり、皿洗いのおばさんと一発触発という場面などもあったのよね。だから、おばさんたちとはそりが合わず、いつもおばあちゃんと一緒だったわ。でも、そんなことはホントに些細なことで、咲ちゃんは外見とは違いしっかりした自分を持っていたのよねぇ。だから、それまでも生半可な男性では物足りなかったのかもしれないわね。

     

    「ひいとい中、おまんのことをこじゃんと思うとるぜよ。おまんは特別ぜよ」
    (一日中、あなたのことをすごくたくさん思っています。あなたは特別な人です)

    これは、ブンちゃんが咲ちゃんに向かって言ったセリフ。

    何を隠そうおばあちゃんもアルバイトを始めてすぐブンちゃんからそう言われたわ。正確な土佐弁かどうかはともかく、言われたおばあちゃんはチンプンカンプン。すると、皿洗いのおばさんたちが笑いながら教えてくれたわ。

    『若い子を見ればすぐそれなんだから。いつものことよ。ブンちゃんの得意技なのよね。特別な人だと言えばいいと思っているのよ』
    『褒め言葉のつもりなのよ。ブンちゃんの軽口はほっとけばいいのよ。ほっとけば。きりがないんだから』

    なるほど、そう言われれば、今の時代ならセクハラと言われそうなことをブンちゃんはいつも言っていたわねぇ。おばさんたちも慣れたもので笑い飛ばしていたのだけれど。

     

    ところが、

    「ひいとい中、おまんのことをこじゃんと思うとるぜよ。おまんは特別ぜよ」

    と言われた咲ちゃんはこれを真に受けてしまったのよね。さすがのブンちゃんもおばちゃんと咲ちゃんが一緒の時に同じことは言わないし、おばさんたちも咲ちゃんには詳しく教えてあげなかったとみえて、おばあちゃんがそのことに気付いたときは、時すでに遅し、よ。咲ちゃんの瞳はハートマーク。頬を染めながら『ブンちゃんに特別な人、と言われたの』と、おばあちゃんに伝える咲ちゃんに『同じこと言われた』とはとても言えなかったのよねぇ。

     

    でも、けがの巧妙、とでも言うのかしら。それからしばらくするとブンちゃんと咲ちゃんは交際をスタートさせたのよ。これって、めでたし、めでたし。…、よね。