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《おばあちゃんの恋袋 第九十三話》夏の夜の夢〜線香花火の恋〜

  • 2015年08月10日  吉井 綾乃  



    時は既に、残暑の候。

    暦は立秋を過ぎ秋となった。が、まだまだ容赦ない暑さが日本列島を覆っている。グンと上がる気温の影響で、大気も不安定となり予期せぬ激しい雷鳴に、肝を冷やすこともしばしば…。肝が冷えても一向に気温は下がらず寝苦しい夜が続く。

    今や、夕涼みという言葉は死語であろうか。夏の宵、恋人たちがそぞろ歩く夏祭りや花火大会は涼やかにとはいかぬ様だ。

     

    たしかに、暦の上では秋だけれど、夏のお楽しみはまだまだ目白押しよね。粋な浴衣や可憐な浴衣、可愛い水着もセクシーな水着も着るチャンスはたっぷりあるわ。

     

    さてさて、今日のお話はといえば、時代は昭和。1950年代も終わりの頃のこと。

    庭の木に止まったセミの鳴き声がのどかに響いていた夏の日の思い出よ。

    軽井沢とほぼ緯度が同じおばあちゃんの生まれ育った田舎町の夏は、冷房も扇風機もいらない爽やかで快適なものだったわ。むしろ、朝晩は肌寒いほどだったのよ。

    でも、昨今の灼熱地獄のような暑さは遠慮会釈もなく、おばあちゃんの生まれた町にも押し寄せているようだわねぇ。昔々では考えられないほどに夏の暑さも変わり、町の夏の風物詩も変わってしまったのはとても残念なことだけれどもね。

     

    今は殆どが開催されることがなくなってしまったのだけれど昔々、おばあちゃんがまだ小学生だった頃は田舎町にも春夏秋冬それなりに、楽しい町のイベントがたくさんあったのよ。その中でも夏はそんなイベントが一番多い季節だったわ。七夕まつりに盆踊り、そして、花火大会。その花火大会こそが良治君とユキちゃんの出会いの立役者よ。

     

    ユキちゃんはおばあちゃんの遠い親戚筋にあたる8〜9歳年上のお姉さん。当時、高校の一年生か二年生よ。良治君は当時、高校三年生のお兄さん。ちびっこのおばあちゃんは本当なら良治君ではなく良治さんと呼ばなくてはいけないのだけれど、おばあちゃんの母親をはじめ、周りの大人たちが良治君と呼んでいるので右へならえ、で良治君。それに、小学校に入学するかしないかのおしゃま盛りだったおばあちゃんは、この良治君が大のお気に入り。で、おばあちゃんの母親と良治君の母親が仲良しの友達同士なのをいいことに、優しい良治君を我がものの様にふるまっていたのは確かね。

     

    ユキちゃんがなぜその夏、おばあちゃんの家に泊まっていたのか当時の事情がまるで思い出せないと、いうか最初から良く知らなかったのかもしれないわね。ともかく、家事見習いみたいな形で家事を手伝いながら、プロ級の着物仕立ての腕を持つおばあちゃんの母親に和裁を習っていたのよ。

    おばあちゃんの母親のお覚えめでたく、働き者のユキちゃんに謂れのない反抗心を抱き

    五十歩百歩、目くそ鼻くそを笑うの類で、おばあちゃんの家は町内(まちうち)でユキちゃんの家は在(ざい)。要するに『ユキちゃんって家が田舎で山の中にあるくせに、なにさ』と、おしゃまで生意気なおばあちゃんは優越感まで持っていたみたいね。だから、ユキちゃんも生意気なおばあちゃんより素直な妹の由紀乃がお気に入り。名前も似ているし、由紀乃をとてもかわいがっていたのは当たり前だわよね。

     

    そうして、ユキちゃんが我が家で夏休みを過ごすうち町の商工会主催の花火大会の日がやってきたわ。

    大通りが長く続く町の入口に近いおばあちゃんの家からは、町の裏手の河原で上げる花火は殆ど、見えないのよね。だから、町の中央にある良治君の家の二階にご招待いただくのは毎年の恒例行事。母親が、今年はユキちゃんも連れて行くと電話口で伝えているのは良治君のお母さんに違いないわ。と思いながら、ユキちゃんを良治君の家に連れて行くのはあまりよろしくないと、内心思っていたはずよ。

     

    農家と兼業の住民が多い中、町内の中心地にある良治君の家は父親が電力会社のサラリーマン。自宅は電力会社の派遣所を兼ねた会社所有の建物よ。だから、事務所を備えた二階建てで、商店街(商店街と呼べるほどお店が並んでいたわけじゃないけれど)の中にあったのよ。大きく広い農家造りとは違い、花火が良く見える二階もベランダというよりは洗濯物干し場という感じかしら。

    良治君は一人息子で三人家族。家族で花火の見物するには十分な広さだけれど、おばあちゃんの家族が大挙してお邪魔するとさすがに、手狭…。それでも、大人たちは子供たちそっちのけで和気藹々。ビールなど差しつ差されつの宴会気分よ。

     

    用意されていた簡易椅子にすわり花火より会話を楽しむ仲良し夫婦をよそに、思い思いの場所に陣取り花火見物を楽しんでいたおばあちゃんたちなのだけれど、おしゃまなおばあちゃんは良治君とユキちゃんの間に流れる不穏(?)な空気を見逃しはしなかったわ。

    恥じらいと困惑と、吐息のような微かなときめき…。『けしからん。おばあちゃんのお気に入りの良治君にそんな空気を流すなんて。だから、ユキちゃん嫌い』と、ばかりに

    「ねぇ、良治君おさえてて、おさえてて」

    物干し台の欄干によじ登り腰を掛け、後ろから良治君に抱き留めてもらう魂胆よ。

    「綾乃ちゃん、あぶないよ」

    と、慌てて後ろからそっと支えてくれる良治君。でも、おばあちゃんはお転婆でそんな欄干登りなどお茶の子さいさい、日常茶飯事なのだけれどもね。してやった、りよ。と、次の瞬間。

    「ユキちゃん、由紀乃も、由紀乃も登る」

    と、妹が言いだしたのよね。そっと由紀乃を抱き上げて欄干に座らせ、後ろで支えるユキちゃん。その結果、おばあちゃんの思惑から大きく外れて、良治君とユキちゃんのツーショットが実現。『わー、綺麗』『凄い、凄い』という感嘆符の続く中で、無言の二人の間に流れる、得も言えぬ空気…。

     

    最後の仕掛け花火が終わっても大人たちは楽しい時間に夢中。

    「良治、子供たちに線香花火でもさせてやれ」

    と、良治君のお父さんのご宣託が下り、受験生だったはずの良治君、断りもせずにおばあちゃん子供たちのお相手よ。

     

    場所が庭先に移っても二人の距離はそのまま変わることなく優しく静かに二人だけの時間が流れているようで、おばあちゃんは内心お冠だったわ。

    「君もやる?」

    と、線香花火を渡す良治君に、はにかみながら受けとるユキちゃん。線香花火に点火するマッチの炎とチリチリと可愛らしく瞬く線香花火に照らされたユキちゃんの顔が急に大人びて、とても綺麗で幼心にも大感動…。今までユキちゃんがあんなに綺麗な人だったなんて知らなかったのに。

     

    あれは、ユキちゃんにとっても夏の夜の夢だったに違いないと思うのよ。