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《おばあちゃんの恋袋 第九十九話》モテ男〜君は僕のもの僕は…〜

  • 2015年09月22日  吉井 綾乃  



    『天高く馬肥ゆる秋』

    たしかに、空は高くなったが月初めの台風と秋雨前線のおかげで野菜は高騰。肉や乳製品も値上げ済み。となれば、財布のひもを緩めようとも肥ゆるほどの買い物はままならない。

    ところで、漢書にある『「秋至れば馬〜、塞に入る』の意味は現在使われている意味とはだいぶ違う。

    而して、ものは言いよう、受け取りよう、女心は男の甘言には弱いものらしい。

     

    さてさて、やっと気持ちの良い秋空にお目にかかれたところで、若かりし頃の思い出の一席をば、ご披露つかまつらん。

     

    昔々の大学時代、サークル仲間に康介君という好男子がおりましたと、さ。

    「ユキ先輩、少し、手伝ってもらえますか?先輩と一緒ならやれそうな気がします」
    「大丈夫です、祥子先輩。祥子先輩のためなら頑張れますよ」

    と、歯の浮くようなセリフが口からポンポンとでできて、並み居るお姉さま方を上機嫌にさせる巧みな話術は康介君の持って生まれた才能らしく、一年生の時はババ転がしならぬ先輩転がし。

    「和さん。僕と一緒じゃだめかな?」
    「綾乃、やっぱりすごいよね。やられたよ。僕の負け」

    と、これは同級生の女性陣へのアプローチ。

    「サッちゃん。どうした?僕じゃぁサッちゃんの役に立てないか」
    「秀美、お前ならやれるさ。僕がいくらでもホローするよ。秀美が望むならね」

    と、これは後輩の女の子たちに…。

    こんな風に康介君のセリフだけ並べてしまうと康介君が鼻持ちならないドンファンだと誤解されそうだわよね。

     

    そうよねぇ。あまりに大昔のことだしそれに、おばあちゃんの思い出補正も加味されているだろうからねぇ、当時の康介君の人となりを正確に伝えられるかと言えば、まったく自信がないのよね。困ったわねぇ…。でも、ま、行ってみましょうか。

    昔々の物語に一人の男ノ子がいたと思召せ。

    この康介君、おばあちゃんの記憶が正しければ近頃の女子受けする男の子とはだいぶ雰囲気が違っていたわ。

     

    当時はイケメンなどと言う単語すらなかったけれど、康介君はイケメン…じゃぁなかったわ。どちらかと言うと目が細く口が大きいのよ。鼻筋は通っているから黙って考え事でもしていると凛々しくは見えるわね。細い目も切れ長の目と言えばそう言えなくもないわ。そう、そうだわ。横顔はイケメンだったわ。でも、顔立ちがきれいとか可愛いという範疇ではないのよね。個性的な顔、と言えば良いのかもしれないわ。だから、康介君の顔写真だけを見せられて、女性人気一番のモテ男と聞けば、半数以上の人が怪訝そうな顔をするでしょうね。実際に会えば間違いなく、とても魅力的な男ノ子だったのに、よ。

     

    実は、康介君の魅力はその巧みな話術と表情筋そして、立ち居振る舞いにあったのよ。だから動かない聞こえない写真だと、誰にもその魅力が伝わらないのは当たり前なのよね。

    ところで、ちょっとだけ女性の先輩や後輩、そして、おばあちゃんたち同級生に康介君が言うセリフの名前の部分を男性の名前に入れ替えてみて頂戴。

    どうかしら?男性だって言われたら気持ち良くなれるようなセリフだと思わないこと?

    その証拠に康介君は同性の先輩には可愛がられ、後輩には慕われ、同級生には頼りにされるという絵にかいたような好男子ぶりだったのよ。だから、康介君はなるべくしてサークルの長にもなったのだけれどもね。

    ところがね、この康介君の持って生まれたと思われる才能が女性陣のあいだではたびたび小さな軋轢を起こしていたのよ。

     

    「ユキ先輩、祥子先輩。僕でも割と役に立つでしょ。でも、一人じゃ無理だったかな。先輩たちのおかげですよね。となると、なんにもせびれないな。残念」

    と、二人の先輩相手に少し甘えて見せる康介君。と、あら不思議。ユキ先輩と祥子先輩の中に小さな競争意識が芽生えてしまうのよ。

    「和さん、綾乃。絶対良いもの作ろうよな、僕たちで」

    と、これはおばあちゃんたちに。そして、

    「サッちゃん、秀美。心配するのは当たり前だろ。なんで言わない。僕はそんなに頼りないか?」

    と、これは後輩たちに。

    それぞれシチュエーションは違えども女性陣が互いに競争心を抱く結果になってしまうのは同じよ。先輩たちは自分のほうがより頼りにされていることを、おばあちゃんたち同級生は自分のほうがより認められていることをそして、後輩たちは自分のほうがより思われていることを知らず知らずのうちに競ってしまうのよね。競うとは言っても、先輩たちやおばあちゃんたちは康介君を自分だけのものだとも、そうしたいとも望まなかったから大した軋轢にはならないで済んだのだけれど、ちょっとした火花ぐらいは散ったのよ。

     

    「秀美、今日バイト日だったよね。僕も今日渋谷に用事があるんだ。一緒に帰る?」

    と、2年生の秀美ちゃんに声を掛けた康介君。康介君にしたら本当に他意はなかったのだと思うのよ。ところが、そう声をけられた秀美ちゃんとそれを聞いていた1年生のサッちゃんの心中は穏やかじゃなかったのよね。この二人、学年は違うけれどサークルの後輩同士。

    で、二人とも、サークルの長である康介君に淡い恋心を抱いていたのだと思うのよ。最初は先輩への憧れとか尊敬の気持ちだったのでしょうが康介君の巧みな話術でライバル意識が刺激され、とうとう恋の炎まで燃えだしてしまったというわけよね。

     

    秀美ちゃんと康介君が学校を後にすると、さめざめと泣き崩れるサッちゃん。何事かしらん、と思えば、サッちゃんの募る切ない恋心…。秀美ちゃんも康介君に恋しているのはどうも間違いなさそうだし、いやはや困ったものよね。ここで一番肝心なのが康介君の気持ちだけれど、これが見事にあっけらかんとしたもの。『どちらも、かわいい後輩。それ以下でもそれ以上でもない』とのご宣託。

     

    女の子はとかく、『君は僕のもの』と言われたがるようだけれど、モテ男というものは『君は僕のもの、でも僕は僕のもの』というご仁が多いのは確かよ。

    康介君がそうだったとは思っていないけれど、甘い言葉、優しい言葉にはご用心あれ。

     

    勘違いさせる男が悪い。のかな?