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《おばあちゃんの恋袋 第九十二話》緑色の目の怪物〜嫉妬の功罪〜

  • 2015年08月03日  吉井 綾乃  



    猛暑というよりは酷暑…。

    いやはや、もはや言葉などどちらでもよいが、とにかく暑い。

    8月の声を聞く前から続いている、連日の暑さに冷房を止める間もないほどだ。

    人間様はとかく、勝手なもの。たしかに、梅雨明けを持ち望み照り付ける夏の太陽を欲しはしたがここまでの暑さは手に余る。

    何事もほどほどが肝要だが、恋にはつきものの嫉妬心も然り。お相手の手に余るほどの嫉妬心はいかがなものか。

     

    さてさて、今日のお話のヒロイン、玲子さんは周りの人から『エメラルドの君』とよばれていた女性。

    この君は、敬慕・親愛の情をこめた『いとしの君』と同じ意味合いよ。そして、君の前にエメラルドと宝石名を冠しているということは、推して知るべし。そう、玲子さんは、とても魅力的で綺麗な女性だったの。でも、なぜ、ダイヤモンドや真珠ではなくエメラルドなのかは不明だわね。

    『エメラルドの君』の名付け親、言いだしっぺは、彼女の熱烈な信奉者だったらしいけれど、その、言いだしっぺの彼が見た玲子さんの瞳がエメラルドグリーンだったためそれが、由来。そう、は聞いていたけれど、おばあちゃんが見る限り玲子さんの瞳は黒よ。深緑と言えなくもないけれど・・・。でもね、今でいうところのクールビューティな玲子さんには『エメラルドの君』がピッタリだったのかもしれないわねぇ。それに、玲子さんはたしか、5月生まれだったはず。5月の誕生石と言えばエメラルドだわよね。そうか。彼女の熱烈な信奉者はそのことも知っていて、『エメラルドの君』と名付けたのかも知れないわね。

     

    おばあちゃんが玲子さんに出合ったのは1970年頃のこと。上京したてのおのぼりさんだったおばあちゃんが少しずつ東京の街に馴染みはじめ、アルバイトに明け暮れる日々を送っていた時期だわね。

    今でも、アルバイトなどで生計を立てながら小さな劇団で演劇に情熱をかたむけ頑張っている若い人たちのことを耳にすることがあるけれど、当時、玲子さんもそんな若者の一人だったのよ。

    1960年〜1070年代といえば、小劇場(アングラ演劇)の全盛期。東京の空の下ではいくつもの劇団が、そこかしこで旗揚げをし、毎日どこかで演劇が上演中だったはずよ。雨後の筍の如く、だわね。本来、商業演劇に対峙する形で産まれた小劇場はアマチュアのもの。でも、主宰者がアングラ四天王と呼ばれるほどメジャーな劇団や人気の高い劇団はプロそのものだったわ。そんな有名どころが『ピン』とするなら、玲子さんが所属する劇団は『キリ』、それも最後尾(ごめんなさい)かしらねぇ。良くも悪くも、アマチュアそのものよ。

    その当時、その『キリ』、【蜻蛉】と言う小さな劇団を主宰していたのが山形さんという27歳の男性。実はこの山形さん、彼はおばあちゃんのアルバイト先の先輩。しかも、アルバイト先の炉端焼き店では、店長の信任も厚く仕事のできる大ベテランの店員さん。その上、大学9年生(本人曰く)。と、三足のわらじを履いていたの。

     

    その山形さんからチケットを強制的に買わされてと、言うのは冗談だけれどあまり観たいとも思っていなかったから義理を立てたというのが本音だわね。で、公演を観に行き劇団の看板女優の玲子さんを知ったのよ。何回か公演を観に行き、打ち上げや飲み会などでも何度も顔を合わせているのに、なぜか、女優さんとしての玲子さんも普段の時の印象も、ほとんど思い出せないのよ。間違いなくクールビューティ、綺麗な人だったのにね。

    でもね、今でも思い出される場面が一つあるのよねぇ。ホントはあまり思い出したくはないけれど。それは、玲子さんの鬼の形相。鬼の形相っていう言葉は美人さんだけのものだって気がついたのもその時よ。だって、醜女が怒った顔はユーモラスだわ。美人さんが怒るから鬼になるのよ。

    「違うといっているだろうに、邪推だけで変なこと言うのはよせ。彼女と僕は何の関係もない。彼女は可愛い団員にすぎない」

    と、声を押し殺して玲子さんに向かい合っている背中は間違いなく山形さんのもの。狭い肩幅に反比例する腰回りの太さ、とてもイイ男とは言いない体型からイイ男が女性を窘める時のセリフが飛び出す。

    「じゃぁ、証拠を見せて。加奈ちゃんの前で私を愛していると宣言して」

    おおっ!出し物の稽古中かと思うようなセリフは玲子さん。でも、このセリフは美人さんとしては妥当ね。爪先立ち、今にも山形さんの首筋にしがみつきそうな勢いの玲子さんを

    「いい加減にしろ」

    と、軽くいなして周りを気遣いながらその場を去った山形さん。その後姿を見送る玲子さんの顔が怖かった。まるで別人、知らない人よ。

     

    おばあちゃんが想像するに、山形さんと玲子さんは恋愛関係にある。少なくとも玲子さんが山形さんに恋しているのは事実ね。でも、これが事実なら二人、いや玲子さんはやっぱり女優さんだわね。その場面を見るまでは、二人が恋愛関係にあるとか、玲子さんが山形さんに恋しているなんて考えたこともなかったのですもの。玲子さんがみんなの前で山形さんに好意を見せたことなどなかったと思うのだけれどねぇ。おばあちゃんの目が節穴だったのかしら…。第一に、若かったおばあちゃんが、27歳のあまり格好の良くない山形さんと美人の玲子さんを並べて考えたりしなかったせいも大きいわね。今なら、山形さんが魅力的な男性だと理解できるのだけれど。

    加奈ちゃんと言う女性は、はおばあちゃんと歳の変わらない【蜻蛉】の劇団員さん。その、加奈ちゃんと山形さんの仲を玲子さん邪推したということよね。

     

    『お気を付け下さい、将軍、嫉妬というものに。それは緑色の目をした怪物で、人の心をなぶりものにして、餌食にするのです』

    これは、シェークスピアのオセロの中でのイアーゴのセリフ。

    偶然にも『エメラルドの君』と呼ばれた玲子さんが嫉妬の代名詞、緑色の目をした怪物にさいなまされるとは皮肉なものよね。

    残念ながら、玲子さんと山形さん、加奈ちゃんと山形さんの仲の真実や二人の間にイアーゴがいたのかなど、おばあちゃんは知ることが出来なかったのだけれどもね。

    恋のスパイスにもなる嫉妬心はホンノリ焼く焼きもち程度が一番じゃないかしらね。