TOP > イククルコラム > 《おばあちゃんの恋袋 第九十五話》ダメンズ調理法〜恋のさじ加減〜

《おばあちゃんの恋袋 第九十五話》ダメンズ調理法〜恋のさじ加減〜

  • 2015年08月24日  吉井 綾乃  



    リィリリリリィ、チョチョンチョン、ジジジジ。

    ザーッと一雨が去った後、暗くなった庭では虫たちの声が姦しい。

    日中はまだ30度を超す暑さが続いているが、確実に秋はやってきている。

    暑さ寒さはお天道様のさじ加減一つ。そして、季節は変わり行く。

    がさて、男と女の色恋沙汰も恋のさじ加減一つで美味しくも不味くもなるもの、のようである。

     

    今から40年ほど前のとある結婚式場でのこと。

    「あら、哲夫君」
    「えっ、良子?」

    と、同時に声を上げたお二人。

    「お〜っ。めかし込んで、あんまり美人になっているからすぐには気がつかなかったぜ。ところで良子、今日は何?そのめかしっぷりじゃ、もしかしてお前が花嫁とか?」
    「もぉ、哲夫君ったら相変わらずねぇ。哲夫君こそ柄にもなく、一般人みたいじゃない」

    と、苦笑しながら応戦した良子さん。

    学校を卒業してから何年経っていようとも、学友とは不思議なもの。一緒に過ごした時代へ一気に遡り何の違和感もなく会話が成立していたわね。

     

    そう。二人は大学時代の同級生。そして、その結婚式は新婦が良子さんの5歳下の従妹、新郎が哲夫さんは会社の同僚というあんばいの成り立ちだったの。だから、二人とも結婚式の招待客というわけよね。

    まったくの偶然で、卒業して7・8年後に再会した二人。その再会の場は、あいにくの土砂降りの結婚式だったわ。けれど、その結婚式は小ぢんまりとしたなかにも、お仲人さんの『雨降って地固まると申します』という決まり文句が素直に身に染みる心の通ったものだったわ。花嫁の友として、その場に列席していた若かりしおばあちゃんも『こんな結婚式って良いんじゃない。アリだな』といたく感銘を受けたものよ。

    滞りなく無事お式も終わり、あとは二次会へ…。もともと少人数の温かいな結婚式だったけれど、二次会は会費制でさらに小ぢんまり、よ。ほとんど若い人たちだけの、今でいう合コンのノリかしらね。

     

    二次会はお酒も入り和気藹々の盛り上がりを見せ楽しいものだったわ。今思えば、若い男女の集まりですものね。それだけでもエネルギーの塊みたいなもの、楽しくないわけがないわよね。その中でも哲夫さんと良子さんは一段と輝いて楽しそうにみえたわ。どちらかというと二人だけの世界に没頭している感じ、いくら話しても話尽きないというふうね。特に良子さんの幸せそうな笑顔がとても印象的だったわねぇ。

    二次会がお開きになる頃にはすっかり雨も上がり、哲夫さんと良子さんは二人揃って夜の街へ。そして、その日以降、哲夫さんは三鷹のアパートに住んでいた良子さんの同居人になってしまったのよ。

     

    学生時代から自由人で放浪癖がある哲夫さんは住む家などまるで無頓着でどこに寝泊まりしてもさほど違いがないような人物だったらしいのだけれど、良子さんは真面目で堅物。『それまでだって悪い噂、ましてや簡単に男性を自分の部屋へ招き入れるなんて考えられない』、と良子さんの従妹すなわちわが友が力説していた通り良子さんは幼いころから品行方正な優等生だったらしいわ。だから、良子さんが同棲という形で男性と住むことになったのも、ましてや哲夫さんのようなダメ男(友人評)を選んだこともどうしても合点がいかないことのようだったわね。

    わが友の分析によれば型破りで破天荒のところのある哲夫さんに真面目一方で面白味のない良子さんが惹かれるのは一理あるとのこと。それでも、大事な従弟がみすみす不幸になるのは見過ごせないと憤慨しながらまくしたてたのが昨日の様に思い出されるわ。

     

    哲夫さんのダメンズぶりはわが友の表現を借りると、『節操ゼロの生活破綻者』『寄生虫』『怠け者』…。悪評は尽きることがないのよね。聞けば、良子さんと暮らし始めてからしばらくすると仕事を辞めて(それまでも何度か転職を繰り返していたらしい)、殆どヒモ状態の居候。その上、良子さん以外の女性と何度か外泊を繰り返す始末だとのことよ。それは、わが友でなくとも誰もが、由々しきことと思うわよね。

    ところが、当事者の良子さんがそんなことは意に介さず幸せそうなことがより一層わが友の怒りをそそるらしかったわ。

    「あれは、絶対惚れた弱みなのよ。良子姉さんはあのペテン師が大学時代から好きだったに違いないわ。良子姉さん、女子高だったから男の免疫ゼロだしあのペテン師、留年か浪人で良子姉さんより2・3歳年上だもの。小学生時代にお父さんを亡くしてファーザーコンプレックスが強い良子姉さんが惹かれたのは無理がないのよねぇ」

    「へぇ〜、そうなんだ」

    とわが友の心理分析を感心して聞いている若き日のおばあちゃんとしては、良子さん以外の女性との外泊のくだりが何としても気になるところよ。

    「他に女の人がいるってことなの?二股とか?」
    「うぅん、違う、違う」

    と、大きくかぶりを振り

    「それのほうがまだ納得がいくわよ。成り行きよ、成り行きなの。お酒飲んでそのまま他所の女性の家にお泊まりするわけ。言わば野良猫よ。良子姉さんとだって成り行きなんだからそのまま帰ってこなければいいのに、って思わない?」

    と、友の怒りは一向に収まらないのよ。

     

    『約束したのよ。同じ女の人と二度と関係を持たないこと、って。哲夫さんわかった、って承知してくれたし、それに、この頃は料理も洗濯も上手になって、得意料理のレパートリーを増やしているところみたいなの。私が美味しい、美味しいって褒めちぎったせいかしらね。洗濯物も柄物と白物を別々に洗ってくれるし、たたみ方も近頃は私が注意されるのよ。雑だ、やり直しって言われちゃうの』と、良子さんがわが友に幸せそうに伝えたそうだけれど、既に結婚をしているわが友にすれば定職にもつかない男性が大事な良子姉さんを幸せにできるわけがないとの思いが強かったのでしょうね。

     

    能天気で独り身のおばあちゃんは内心、『良子さんってとても賢い女性なんだなぁ。自分が一番必要としているもの、幸せの形をよく知っている人なんだ』と感心しきりよ。だって、周りからダメンズの烙印をおされている男性を彼女のさじ加減一つで自分好みの主夫に調理している、と見えないこともないでしょう?当時、すでに良子さんは三十路に近いキャリアウーマンだったことだしねぇ。

    でも、下手なことを言って、おばあちゃんの心理分析にまで発展しても困るわ。だから、これは心理分析の得意なわが友には秘密の感想だったけれどもね…。