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《おばあちゃんの恋袋 第九十八話》単純ねぇ〜男の嘘はから騒ぎ〜

  • 2015年09月15日  吉井 綾乃  



    長月も半ば。

    さて、秋の代表的な花と言えば秋の七草の一つでもある桔梗が一番だろうか。

    バルーン・フラワーという英名がある桔梗だがその気高く気品あふれる色と佇まいはなんとも日本的であり、男性をイメージさせる花である。

    そして、桔梗の花言葉は『永遠の愛・誠実・清楚・従順』だそうであるが、桔梗の花言葉のような男性には、そうそう出会えるものではない。

     

    秋の夜長にお一人様は、ちょっと寂しいものがあるわよねぇ。だから、こんな時は一緒にいる男の子がどんなにダメ男でも許してしまいそうよね。 

     

    さてさて、時は今から40数年前。昔々のことでした。東京は中野のアパートに一組のカップルが住んでおりましたと、さ。

    秋の夜長は愛し合う二人には格好のシチュエーション。と、言いたいところだけどこの二人、秀臣さんと朋美さんは付き合い始めて3年目、ちょうど倦怠期が訪れる頃だわね。

    秋の夜長がお互いにちょっぴり重荷に感じ始める時期だったかもしれないわ。

     

    秀臣さんと朋美さんの愛の巣は中野ブロードウェーからほど近い木造の二階建てアパート、風呂なしの2K。当時としてはごく普通のアパートよ。

    朋美さんと出会った時は某有名私大の学生だった秀臣さん、学校は止めてしまったのか休学中なのか、いずれにせよおばあちゃんが秀臣さんと出合った頃には全く学生には見えなかったわねぇ。

     

    1980年の中頃から衰退し続けていた中野ブロードウェーは今や、サブカルチャーの聖地として賑わいを取り戻しているそうね。昔々の賑わいを知っているおばあちゃんにとってもそれは、朗報よ。

    1970年の初頭、秀臣さんと朋美さんが同棲生活をスタートさせた時は、中野ブロードウェーが誕生して5年目ぐらいの頃かしらね。中野ブロードウェーもまだまだ、元気で活気に溢れていわ。

    勿論、そこで暮らし始めた二人だってはち切れそうな若さに輝いていたはずよ。特に秀臣さんは若さを持て余していたかもね。秀臣さんが二十歳、朋美さんが25歳の春だったそうよ。二人は、典型的な姉さん女房のカップルね。といっても結婚しているわけではないから女房は、違うかしら。

     

    「今度の休み、出になっちゃった。トイレ掃除するつもりだったに…。悪いけど、秀、トイレ掃除やっておいて」

    これは、朋美さんから秀臣さんへのお願い。

    その他にも、

    「秀、マッサージお願い。足がパンパンなの」

    これは、夜

    「あっ、秀。お砂糖が切れていたんだわ。あとで買ってきておいて。多分、今日も残業…」

    と、朝の出勤前に一言。

    「あぁ。いいよ」
    「うん、わかった」

    と、おしなべてこんな答えを返す秀臣さん。

    同棲3年目ともなるとアツアツの恋人同士とも言えないし夫婦とも違う、独特の距離感が二人の間にはあったみたいね。

     

    朋美さんが社会人として働きだしたのは秀臣さんがまだ高校生の頃だわよね。だから、フワフワとして地に足のついていない若かったおばあちゃんや学生だった秀臣さんから見たら大人の女性、自分たちとは別の世界の人種みたいなものなのよ。

    ところが、環境は怖いものよね。3年の月日は秀臣さんを朋美さんと歳の違わないおじさんに変えてしまっていたのよ。と、言うと朋美さんがおばさん、ということになってしまうわね。実際、朋美さんは言い意味で落ち着きがあり、若いおばあちゃんから見るとおばさんたちと同類なのよね。失礼ながら、生活に疲れているから肌艶がくすみハリがないのね、ってそんな感想かしら。

    そして、秀臣さんも朋美さんより3歳年下の学生だなんて、言われなければ誰も気付かないほど年齢的にお似合いの、おじさんとおばさんのカップルに見えたのよ。でも、もしかしたら他所の人から見れば新婚さんに見えていたかも…。これは、あくまでも若かったおばあちゃんの私見、よ。でも、無精髭にしか見えない顎と鼻下に蓄えた髭が余計に秀臣さんをおじさんに見せていたのは確かよ。

     

    その当時、秀臣さんは朋美さんの意向か本人の意思かはわからないけれど、学生より働く事を優先していたのかしらね。学校には行かずブロードウェーの近くにあった喫茶店で雇われマスターに納まっていたの。

    そんな秀臣さんを、Yシャツにセンターベンツの黒いベスト姿が堂に入っていて、『お洒落で素敵なマスター』と評したのはおばあちゃんの学友、B子ちゃん。あの無精髭が見様によってはお洒落な伊達男に見えるなんて…、不思議。

     

    当時、B子ちゃんの住んでいたのも中野。そして、B子ちゃんがアルバイト先に選んだのは秀臣さんが雇われマスターの喫茶店なのよ。B子ちゃんがアルバイトしていたから、おばあちゃんも何度かお店に行ったことがあり、秀臣さんのことは知っていたわ。でも、マスターがお洒落?あの髭面が素敵だなんてあり得ない。それなのに…。

    ご明察。B子ちゃんは恋に落ちたのよ、って…。B子ちゃんは未だしも秀臣さんが恋に落ちるのはアウトのはずだけど、二人だけで食事をしたり、映画を見に行ったりと、B子ちゃんにとっては楽しいデートの日々よね。ここで、B子ちゃんの名誉のために付け加えておくと、B子ちゃんは朋美さんという存在をまるで知らなかったし、知らされてもいなかったわ。

    だけど、二人の恋の季節はあっけないほど早く終わってしまったのよ。なぜって、秀臣さんの恋心が朋美さんの知るところとなり、ジ・エンド、だもの。

    「嘘が下手なの。単純なのよね、秀臣は。目は泳ぐでしょ、おしゃべりになるでしょ、それに、髭、顎鬚だけ剃ってしまったでしょ…」
    「あの髭ね、自分が私より若く見られることが嫌でわざとのばしていたのよ」

    これが、後から仲良くなったB子ちゃんとおばあちゃんに朋美さんが笑いながら教えてくれた真実よ。

     

    「こんにちわ、あなた、B子さんでしょう。秀臣から聞いているわ。ほんとに可愛い人ね」

    突然、学食に現れた小奇麗なおばさんがおばあちゃんと一緒にいたB子ちゃんに笑いながら話しかけてきた時は、おばあちゃんもびっくり。だから、B子ちゃんはもっとびっくりしたでしょうねぇ。どんなリサーチ能力か行動力かと驚くほどだけれど、

    「突然でごめんなさいね。びっくりしたでしょう。ねぇ、B子さん。これから、少しお時間いただいてもいいかしら?」

     

    懐柔作戦と呼ぶべきかしらね。朋美さんの思惑通り、この会談の後、B子ちゃんの恋心は魔法が解けたように消えてなくなり、秀臣さんはただオロオロするばかり…。

    秀臣さんとB子ちゃんが、まだ深い仲にはなっていなかったのが幸いしたのか、B子ちゃんの幼すぎた恋心のせいなのか。間違いなく、朋美さんの大勝利よね。