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《おばあちゃんの恋袋 第二十三話》ロストラブ 〜私は悪くないの〜

  • 2014年04月07日  吉井 綾乃  



    一気に春が加速。 明るい春の陽射しに心が優しく包まれて思わず顔もほころぶ。

    春を待ちかねていた草花も一斉に声を挙げる。 中でも桜は春の王者。 当然明るい春の陽射しの中で見る満開の桜はとても美しいけれど、春霞がたなびく中に桜がふわっと浮かび上がる様や春雨に濡れている桜も又美しいものだ。 風情を愛しんでいるのか桜を愛しんでいるのか判然とはしないが・・。

    春や桜を愛でるが如く、縁あって結ばれた彼と彼女ならあれもこれも、それもあれもとどんなことでも愛しく思い合えれば二人に別れなど、決してやってくることは無いだろうに、如何せん今も昔も愛と憎しみは背中合わせの表裏一体。 げに哀しいものだ、と思う。

     

    皆はお花見にはもう出かけたのかしら? おばあちゃんはこれからなのよ。 命短し恋せよ乙女(歌謡曲「ゴンドラの唄」の歌詞より)じゃないけれど、桜の命も短いから急がないとね。 

    さてさて今日は、花の命の様に儚い恋のお話、と言いたいところだけれど儚い恋と言うよりは・・残念な恋と言った方が合っているかもしれないわね。そんな恋のお話。

     

    昔々、ちょっと勝気で我が儘なお嬢様がおりました。 お嬢様と言っても別にお金もちの娘とか上流階級の娘とかと言う意味じゃなく、キャラがお嬢様。 そうねぇ男の人で言うところの俺様キャラかしら。 世間知らずと言うのか、これが説明するのがちょっと難しいのだけれど一般常識をあまり大事にしていないと言うのかしら・・。

    それと彼女は意味もなくツンと澄ました威張りん坊さんだったから当然のことながら女性陣の人気はイマイチだったわね。 でもおばあちゃんは、気が強くて他人のことなどお構いなしの威張り屋なのに何故か頓珍漢な言動をする天然ボケ的な性格が気に入っいて可愛い人だなと思っていたの。

    小柄で女性的なふくよかさや色気も欠けていた彼女を、おばあちゃんと同じように可愛い奴・愛い奴と思う奇特(?)な男性が現れたのは40数年前の丁度今頃桜の季節だったわね。 

    彼は彼女とは大学のサークル仲間で、以前からの知り合い同士だったのだけれど彼女曰く「交際を申し込まれる前までは只のサークルの先輩としか思っていなかったわ」。

    ところが告白された途端、ものすごいスピードで彼女は彼に惹かれていったのよ。惹かれていったというよりのめり込んでいったと言う方が近いわね。

    本当に恋心は不思議よねぇ。 愛を告げられたとはいえ昨日まで何とも思っていなかった異性に次の日には恋焦がれる様になるなんて・・。

     

    彼は九州生れの九州育ち。なかなかの男っぷりで、所謂九州男子そのもの。「俺について来い」と言うタイプに見えたわね。 それだからと言って、勝気な彼女が黙って付いて行くようにも思えなかったのだけれど あろうことか、ものの一週間も過ぎないうちに半同棲の様にして彼女が彼のアパートに居ついてしまったの。 

    東京生まれで東京育ちの彼女は親元から通学していたから、独り暮らしの経験もなかったし、もちろん同棲の経験等あるはずも無いわ。 それに彼女は一人っ子だったせいもあるのかしら、誰でも出来そうな簡単な家事でさえ経験がなかったのよ。

    だからお米も洗ったことがなくて台所洗剤を入れてお米を研いだり、手を使わずに泡だて器でシャカシャカと洗ったりと漫画を地で行く様なあり様だったのよ。

    洗濯も然り。今の様に洗濯機が全自動であるわけもなく、昔の洗濯機は二層式が殆どで洗濯には工程があるのだけれど洗濯機を使ったことのない彼女にはどうしていいか判らなかったのね。 そこでなんとか彼に教わって洗濯機を回したのはいいのだけれど、(彼の洗濯機は二階の外通路に設置されていた)どこでどう間違ったのか水を溢れさせて、階下の部屋を水浸しにしてしまったの。てんやわんやの大騒動よね。

     

    料理も勿論NG、と言うより包丁が使えないの。専らクッキングバサミを御愛用ね。もっともその当時クッキングバサミでお料理するのはある意味ちょっととお洒落だったかもしれないわね。

    そんなどこか浮世離れした彼女を彼も苦笑いしながらも受け止めているように見えたし、お付き合いの当初は二人にとってその半同棲のおままごとは、楽しい時間だったに相違ないわ。 それが嬉しいことだったのか楽しいことだったのか彼女に尋ねたことは無かったけれど少なくとも彼女は生き生きとしてとても綺麗になったもの。

     

    ところが二人の蜜月はあっけなく終わりを告げることになるの。まだ夏休にも間がある梅雨入りの頃だったかしら。 彼女たちのサークルのテニス愛好会の練習日。

    彼女はたまたま実家に急用が出来て自宅に戻っていたらしいわ。 でも用事を早めに切り上げて一目散に彼の部屋に戻ったらしいの。 ドアーを開けたらすぐにベットが見えるワンKの狭い部屋。 テニスの練習で留守のはずの彼のベットが、こんもりと盛り上がって人のいる気配。最初こそギョッとしたらしいけれど、玄関先に明らかに彼女のものではない踵の低い女もののスニカーが脱ぎ捨ててあるのを見て、総て合点がいったと彼女が言っていたわ。 そう、前日の雨のせいでテニスコートが使用できず、たまたま練習が中止になって、彼曰く「魔がさしてしまった」らしいわ。

     

    何度も赦しを乞う彼。でも彼女は頑として彼を許さなかったの。愛が憎しみに変わってしまったのね。 どうしても彼を許せないほど彼女は深く々傷ついていたのかもしれないわ。

    彼と別れた後も彼女は相変わらずの威張りん坊で、包丁も使えるようにはならなかったしツンとお澄ましが増したようにも見えたわね。