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《おばあちゃんの恋袋 第二十二話》年上の彼女(ひと)〜ホンキの恋〜

  • 2014年03月31日  吉井 綾乃  



    桜前線北上中。 若かりし頃に迎えた春もいささか薹がたった今迎える春も、春は嬉しい。 何故か心が浮き立つ。花霞の日も勿論良いが春雨の日もまた良いものだ。 

    そんな良き春の日には、今も昔も恋の訪れが良く似合っている、と思う。

     

    皆さんの住む街の桜の開花予報はどんな感じかしら? お花見って毎年恒例の行事みたいに言われているけれど、おばあちゃんの様に門松を何度も潜ってくると、桜を愛でる余裕がなかったり桜が咲いていたことさえ気がつけなかった年もあったりするのだけれど、今年はゆっくりと桜並木の下を歩いてみるつもりよ。

     

    今、満開の桜が写っている一枚の写真を見ているのだけれど、今日はこの写真の中で幸せそうに微笑んでいる3人(1人はベビーカーの中の赤ちゃん)がまだ2人だったころの恋のお話をしてみましょうかね。

     

    昔々、とっても若く美しい青年がおりました。彼は地方都市の工場の中の研究室勤務。 痩せぎすでスラーと背が高く、専門学校を出たばかりでまだどことなくあどけなさが残り青年と呼ぶのはちょっと合ってないかも・・。美少年と言った方が近いわね。 その工場では精密機器を作っていて、働いているのは女性が圧倒的に多かったの。 しかも近隣から通うパートのおばさんが殆ど。そのおば様たちに圧倒的な人気を博していたわね。 一日に2回ある休憩時間に休憩所に行くと、彼はおば様たちに囲まれていたものよ。

    200ぐらいでセブンスターが買えた時代、その頃は今の様に声高に禁煙が叫ばれていたたわけじゃなかったから工場の要所々に煙草の自動販売機が設置してあったわ。 只、扱っているものが精密機器だから工場の構内でも喫煙出来る場所はしっかり限定されていたけれど、その喫煙所で彼が白衣の前ボタンをはずし腕まくりから見えている細い腕と華奢な指で煙草を吸う姿が、まるで様になってなくてちょっと可笑しいぐらいだったわね。 ご本人はそんな事気づいていなかったでしょうけれど・・。

     

    さて、お相手の彼女はと言うと圧倒的に多い主婦パートの中では異色の独身パート。高校を出たての若い女子工員も何割かいたけれど、彼女は年齢的には30歳に手が届くか、もしかしたら30歳過ぎていたのかもしれないわ。 それに他人と相いれない様な何か不思議な雰囲気を醸し出している様なところもあって、今でも彼女が会社内で談笑しているところをまるで思い出せないものねぇ。 そんな感じの女性だからパートのおば様たちとも若い女の子たちとも一線を画していたわけね。 

    物静かで、腰の近くまである長い黒髪をいつも一つに束ねて、お化粧はしていなかったかしら。でも目鼻立ちが整っていて意志の強さ賢さが顔にあらわれていたわ。 パット目立つような女性ではなかったけれど、社内では彼女は男性人気ナンバー1だったのじゃないかしら。 これもご本人は気づいていなかったかも・・。

    彼女があまり周りと打ち解けることがなかったせいで女性群、特に喧(かまびす)しいおば様たちのなかで彼女は良く噂話の種にされたわね。親との確執が有り家を出たとか、不倫の恋をしているとか、果ては大恋愛が破れてために恋が出来ないとか、ね。

     

    人気者同士の二人だけれど彼女にしてみれば一回り近くも年が離れ、幼さが目につく様な若者を相手にするつもりはなさそうに見えたわ。それに彼女には彼以外にも年若い信奉者が何人もいたからその中の一人位に思っていたのかも知れないわね。 

    でも彼にとってはホンキの恋だったのよ。 だから短い休憩時間に彼女に少しでも近づいて話をしたいと心底思っているに無粋なおば様たちが彼の気持ちになどまるで頓着なく「飴舐める?」「これ食べる?」「彼女出来た?」と喧しい。人気者の悲哀ね。おかげで休憩室の片隅で休んでいる彼女と話も出来ない。煙草を吸わない彼女と喫煙所で会うことも出来ない。

    ただ、お昼の時間は食堂が併設されていなかったから働いている人の殆が外に出て食事をとるのだけれど一人暮らしの彼女は毎日手作りのお弁当持参。そこで彼は考えたのね。お昼時間なら彼女とすごせる、って。それからは同僚と一緒の食事の誘いは総て断り手弁当持参とまでは出来なかったみたいだけれど、パンと牛乳、もしくは市販のお弁当を持参して彼女と過ごす時間をつくったのよ。

     

    最初こそ、けんもほろろ。『偉いんですね。大変ですよね、毎日お弁当作るのって』『そうね』『・・・』ゼネレーションギャップもあってか会話にならない。

    ところが傍から見てもはっきり彼女が彼を選んだと判る日がやって来たのよ。

    それは暮れも押し詰まり明日から会社がお正月休みになると言うその日、忘年会当日。貸し切の大広間は宴も進み至る所で小さな酒宴の塊が出来ていて、彼女の周りにもこの機に乗じてなんとか彼女に気に入られようとする、酒の勢いで口説こうとするそんな彼女目当ての男性陣が群がっていたわ。 少しお酒が入って頬を蒸気させながら『私そろそろ帰ります』すると『僕が、送ります』『僕が送ります』の大合唱。 そこで彼女が静かに宣言したの。『○○君、送ってくれる?』彼女が彼を選んだ瞬間よ。

     

    年が明けた頃には彼は彼女の家に一緒に住んでいたわね。 そしてここにある写真に写る頃は、赤ちゃんと愛する彼女の為に煙草もお酒もやめてとっても良いパパの顔をしているわ。 写真の中の赤ちゃんも今では素敵な男性になっていることでしょうね。