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《おばあちゃんの恋袋 第二十八話》下戸の恋〜酔いどれ天使?〜

  • 2014年05月12日  吉井 綾乃  



    ゴールデンウィークの喧騒も収まり、すべて世は事も無し。

    とは言うものの新社会人や学生のなかには五月病を発症する者が出る時期か?

    未知の世界や新しい環境に順応して行くだけでも、なかなか大変なもの。 其に加えて、仕事や勉学のモチベーションをすべからく高く維持したいと願えば尚更難しいことこの上ない。 そんな時、ほんの少しの手助けで気持ちのあり様がガラリと変わり実力以上に頑張れたりすることがある。 壺に嵌まった助け船は貴重だ。 

    恋愛も然り、高根の花だった相手にほんの少しの助け船で恋を囁き、愛を求めることが出来るようになったりするものだ、と思う。

     

    さてさて、お若い皆も耳にしたことがあるでしょうけど、昔から酒は百薬の長って言われているわ。 でもお酒に惚れ薬の効用があるとは聞いたことがないわよね。 勿論、物理的に惚れ薬自体が存在していないのだから当たり前と言えば当たり前のことだけれど・・。でも今日はそんなお酒が恋のキューピットになったお話よ。

     

    昔々、時はイザナギ景気と呼ばれていた60年代の頃よ。 東京は新橋のとある会社の社会人一年生の護さん。 彼は少々身長が低いのが玉に瑕だけれど18歳のおばあちゃんから見るととても素敵で好感がもてる大人の男性に見えたわ。(大学出の若いサラリーマンに免疫がなかった、田舎からぽっと出のおばあちゃんの見立てだから点数が相当大甘なので、その点はご考慮下さいね)。

     

    そんな護さんが4月の入社式の時に一目惚れしたのが真由美さん。 セミロングの髪を一つに束ね濃いグレーのスーツに身を包んでいるスタイル抜群の彼女は、女性新入社員の中でも目立つ存在だったわね。 その頃のおばあちゃんから見たら清楚で凜とした真由美さんも、とても素敵で大人の女性だったわ。 今で言うクールビューティかしら。 そんな彼女と比べてしまうと、残念だけど護さんはちょっと見劣りがしたかも・・。 

    お気に入りの二人が恋人同士になってくれたらこんな愉快なことはなかったのだけれど、思い返してみるに当時の大方の意見も『二人は似合わない』と言うのが殆どだったかもしれなわねぇ。 それに当の護さんも真由美さんを高根の花と感じていたみたいですものね。

     

    恋心を抱き何の進展も望めないまま時間は過ぎて往き、護さん自身も諦めかけた様に見えた頃、大きなチャンスが訪れたのよ。

    それは今では死語の半ドンのある日、突然にやってきたの。 要するに土曜日の午前中で仕事が終わる日、そして明日はお休み、日曜日と言う時。週休二日の今では想像し難いでしょうけれど当時は心ウキウキなとても楽しみな時間だったのよ。 会社の気心の知れた同僚と麻雀を楽しんだりそのまま遊びに行ったりと、昔も今も若い人はエネルギーが一杯ですものね。 其の日はお昼を食べた後、皆でボーリングを楽しもうと言う計画が建てられていたのよ。

     

    いつもは男だけ遊ぶことが多かったのだけれど、其の日は同僚の同じ部署のボーリングが大好きという女性社員も参加することになっていて、それだけで諸兄は皆心ウキウキに相違ないわね。 特に護さんは他の皆よりいっそう嬉しかったはずよ。何故って、参加女性が誘って一緒に連れて来た女性の中に憧れの真由美さんがいたのですもの。 嬉しいハプニングよね。

    期せずして今どきの合コン状態になって、夜は『飲み会』と化したのだけれど、実は護さんはからっきりお酒が飲めないまったくの下戸。 大学に入学した当初、新入生歓迎コンパで無理やり飲まされ救急車で運ばれた苦い経験があるのよ。だからそれ以来まったくアルコールを口にしたことがなかったの。 でも真由美さんがいる『飲み会』に参加しないわけがないわよね。

     

    そしてこの真由美さんが実は大変な酒豪だと知るのに時間は必要なかったわ。 なにせ彼女は夕食の食前酒から始まり、二次会、三次会と一切顔色も変えずにグイグイ飲んでいるのですもの。 でも各々の終電の時間も近づく頃になると清楚な彼女の口調はべらんめいに変わり、そう・・、いささか乱暴な江戸弁の姐御になり始めたのよ。 護さん以外は皆お酒がまわり宴もたけなわを過ぎ、気分は下がり始めているのに真由美さんのボルテージは上がる一方、口調も荒くなる一方。 

    護さんや他の諸兄も殆ど呼び捨てで「おい、お前」状態。ふだんの真由美さんのイメージと真逆の女性に変貌してしまったの。こうなるとただの酔っ払い、なのに護さん愛想尽かしするどころか『可愛い人だ』と思い一層親近感を抱いたらしいわ。

    「次、行くよ」と叫んでさっさと店を後にする彼女を追って店を出たのは護さん一人だけ。足下を乱す事なく隣のスタンドバーに入ったのに、椅子に腰をちょこんと下ろして「ギムレット」と一言呟くと糸が切れた人形劇の人形の様にカクンと首をおりアッと言う間に夢の世界へ・・。

     

    終電の時間も過ぎお店も閉店。 眠ったままの真由美さんを背負い嬉しいやら困るやらの護さん。 自分の部屋へ連れて帰るのは相手が好きな人だけに、下心がある様で憚られたのね。きっと。 だから其の当時深夜喫茶と呼ばれていた朝までやっている喫茶店で彼女が目覚めるのを待つことにしたらしいわ。

    真由美さんが目覚めた時と言うのか気がついたと時言うのか、兎に角最初に真由美さんの目に飛び込んだのは優しく微笑む護さんだったのは確かね。 その時を境にお二人は交際をスタートさせたのですもの。 けがの功名ならぬ酒の功名ね。

    でも、護さんは下戸のまま、真由美さんは酔いどれ天使のままだったみたいよ。