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《おばあちゃんの恋袋 第五十八話》暖簾に腕押しの恋〜男なら〜

  • 2014年12月08日  吉井 綾乃  



    今日は、冷たい雨の一日だった。

    思えば秋も終わり、今は師走である。もう冬の雨、冷たいわけである。

    結局、紅葉を愛でる間もなく秋とはサヨナラしてしまった。どうも年を重ねるごとに季節の過ぎ行くのが早くなるようだ。そのくせ、どこかのんびりと時の流れを見ている。

    もう若い時の様に、何かに急かされるような昂揚感が戻ることはないのだろうが、何か一つ取り戻せるなら是非、恋心を戻してもらいたいものだと思う。

     

    さてさて、今日はおばあちゃんの親友のお話をするつもりなのだけど…。彼女の許可を取っていないので、少々うしろめたいのよ。ま、事後承諾ということにしましょうかしらね。それに、今となっては彼女の恋話も遠い遠い昔ばなし、時効だわね。

     

    おばあちゃんの親友の洋子は容姿はさておき大変な男前の女性。完全なる理数系の頭脳の持ち主で、行動すべてが明快、かつ心もハードなの。冷たいという意味ではなく意志が強いという意味よ。

    大学でも薬学部の研究室に残って毎日白衣で頑張っていたわ。おばあちゃんは文系だから、昔から彼女の研究のことを聞いてもチンプンカンプンよ。でも、うじうじしたところがない彼女が大好きだったわ。後、彼女の容姿も好きよ。ここだけの話だけど、彼女は白衣がまるで似合わない手足の短いパンダ体系、しかもおチビさん。ぬいぐるみが白衣を着ているのを想像してみて。そんな感じなのよ。おばあちゃんは大好きだったけれど、客観的に見れば不細工さんの範疇かなぁ。(ごめんね、洋子)でも、まるで漫画のなかに出てくるキャラクターのようにどことなく憎めなく愛くるしい感じよ。

    そうだわ。皆さんは鳥山明氏が描いた漫画『アラレちゃん』をご存知かしら?まさにアラレちゃんにそっくりだったかも、彼女は。真っ直ぐに切りそろえた前髪と肩まで伸ばした髪型まで同じだわ。ただし、その当時まだアラレちゃんという漫画は誕生していなかったけれど、漫画が誕生していたなら彼女のあだ名は間違いなくアラレちゃんで決まりだったと思うわよ。そうそう、メガネの形も良く似ていたわ。

     

    そんな彼女にはステディな関係の彼がいたわ。彼の名前は和夫氏。洋子は彼を『和夫さん』と呼んでいたけれど、おばあちゃんたちの仲間うちでは一種の尊敬をこめて『和夫氏』と呼ばれていたわ。

    年上だったこともあるけれど、なんと言ったって、卵とは言え学者様ですものね。

    「彼は豆腐よ。歯ごたえがないの。のらりくらりと腹が立つわ。決断力のケの字もない」

    と、彼女をいつも怒らせている和夫氏の風貌は眉間に皺まであるし、学者らしく神経質そう、と思いきや洋子曰く

    「神経質なんかじゃないわ。どちらかと言うと、のんびり、イヤ、愚図で優柔不断よ。腹が立つくらい。それに眉間の皺は極端に目が悪く、いつも目を細めていたためにできたのよ」

    らしい…。そんなにいつも腹を立てているならお付き合いを止めればいいものを。とからかったこともあったの。そしたら、

    「だって、彼はハンサムよ。それに頭脳も一流。産まれてくる子供の容姿に責任を持てない私の結婚の条件は顔と身長の高さよ」

    と、大真面目に答えが返って思わず苦笑してしまったわよ。たしかに、彼は良く見ると整った顔をしていたわ。良く見るとは余計ね。胃下垂だったらしく痩せすぎてはいたけれど、身長も高かかったから条件は満たしていたわ。

     

    「私、結婚することにするよ。結婚する。だから、大学辞めて製薬会社に就職決めた」

    と、彼女から知らされてからも何度か和夫氏の『暖簾に腕押し』振りが洋子から披露されたわ。そのなかでも、極めつけは結婚を決めた時の和夫氏の態度かしらね。

    「結婚しましょう」

    と切りだしたのは洋子

    「えっ」

    と絶句に近い驚きの声が和夫氏

    「えって、えはないでしょう。和夫さんにはその意思がないということなの?」

    「そうじゃないよ。突然でびっくりしただけだよ。ごめん、そんなつもりじゃないんだ」

    「そんなつもりって、どんなつもり?それに、びっくりするようなこと、私言った?しかも、びっくりするようなこと?」

    洋子でなくても腹が立つわよね。「えっ」はないわ。「え」は。怒って当然よ。だって、いくら男前の洋子でもプロポーズは和夫氏からしてほしかったに決まっているもの。

     

    二人の生活のために、目指していた学者の道をあきらめる決断をした洋子。大学に残り研究を続ける夫のために、就職するという選択は言わば、内助の功よね。男前の彼女が古きよき女性の心意気をみせているんですもの和夫氏も頑張って男の心意気をみせてもらいたいものだわ。

    あの当時、おばあちゃんは本当にそう思っていたわ。だから、洋子に言ったのよ。

    「愛しているとも言えない人なんかやめちゃいなよ。何考えてるのかわからない人なんかだめじゃん」

    すると、洋子が首を振りながら

    「ううん、わかっているのよ。私が自分の気持ちをわかっているの。私が彼を大好きなのよ」

    それを聞いて、おばあちゃんは愚かなことを言ってしまったとひどく後悔したわ。そうよ、洋子が大好きな人と一緒になるんだもの幸せに決まっているのにね。

    それに、それから2年後にはとても可愛い女の子が産まれたことだしね。その女の子は長じて近所でも有名なほど大変な美人さんになったの。勿論、両親譲りの頭脳も明晰よ。ただ、ちょっとおチビさんだけど…。洋子の計画はほぼ成功したと言えるわよね。めでたしめでたし。