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《おばあちゃんの恋袋 第五十六話》不倫という名の純愛 〜そして〜

  • 2014年11月24日  吉井 綾乃  



    気象庁の発表予報だと今年は暖冬らしい。

    それでも、朝晩はめっきりと冷え込みストーブの出番になる。確実に秋は終わりを告げて、冬将軍はやって来ている。

    細長い日本のことだから地域々でだいぶ違いがあるだろうが、例年だと暖房器具の登場は11月の中ごろからだっただろうか。暖房器具といえば、冬の必需品だが、今どきの恋の必需品といえばいったい何になるのであろうか?

     

    さてさて、今日は先週の続きのお話ね。

    五反田は三業地のスナックの雇われママの恋物語の始まりは、ひでみママの胸に秘めた、片思いからだったわ。

    3坪ほどの小さなスナックにも常連さんと呼ばれるお客様が何人かいたわ。むしろ、一見さんが少なくてほとんどが常連さんで持っているようなお店だったわね。その店の常連さんの一人が川口さん。で、彼がひでみママの片思いの人よ。川口さんはひでみママがそのスナックを任される前から、そのお店の常連さんだったからお店のことママより詳しいぐらいだったわよ。

    川口さんは国鉄マン。今はJRだけど、その頃は国鉄よ。(あら…もしかしたら、国鉄時代の事は今のお若い方々は知らないのかしらね。)

    彼は、独身でまだ26・7歳ぐらいだったかしら。国鉄マンの中でエリートと呼ばれる運転手さんだったの。大男とまではいかないけれど、大変な偉丈夫で堂々とした体躯の持ち主よ。でも、その身体に似合わないうりざね顔におちょぼ口がちょっとアンバランスでかわいらしく、好感が持てたわ。それと、確かに、川口さん足も長く身長も高いからひでみママと並ぶとお似合いのカップルに見えなくはなかったわ。けれど、おばあちゃんには言わせてもらえれば、どう贔屓目に見てもひでみママの旦那様のほうが断然イイ男よ。

    ひでみママの旦那様は、育ちの良さが顔にも雰囲気にもでちゃうのね、と思わせるほど気品があり端正な顔立ちをしていたの。それに加えて優しい笑顔の持ち主だったわ。正直に白状すると、ひでみママと旦那様が並んでいるのを初めて見たとき『美女と野獣の逆バージョンだ!!』と思ったぐらい(ひでみママ、ごめんなさい。)ハンサムで魅力的な男性なのよ。ま、好みの問題もあるでしょうけれど、間違いなく川口さんより女性にモテるわよ。

     

    「綾ちゃん、どうしよう…好きな人ができちゃった」

    とママから告白された時は『え、えっ〜、嘘〜』と、相当驚いたわよ。で、相手が川口さんと聞いて2度びっくりよ。だって、どう考えたって旦那様の方がイイ男だし、相手はお店のお客様だしね。それに、川口さんもママよりだいぶ年下だけれど、旦那様も年下で川口さんより若く見えるぐらいだし…。いったい川口さんのどこに惚れたんだろうと不思議だったわ。それからというもの

    『今日は川口さん来るかしら』『何時何時に飲みに来たときはこんなことを言ったの、こんなことをしたの』

    おばあちゃんに会うたびに川口さんの話題ばかり話したがったわ。

    それに、お店に川口さんが入ってくると入口に背を向けていても、ママの顔を見ていればすぐにわかったものよ。だって、一瞬にパーッと顔が輝き、嬉しさではち切れそうな笑顔に変わるのですもの。まるで、それは十代の乙女のようで、いじらしいほどよ。だから、応援とまではいかなくても話ぐらいはいくらでも聞いてあげる、と思っていたの。だって、人妻の一途な恋心なんて誰にでも話せるものじゃないものね。利害関係もなく、外部に漏らす心配のないおばあちゃんが唯一の話し相手だったのでしょうしね。

     

    おばあちゃんがお店に遊びに行くと、

    「綾ちゃん、お願いがあるんだけど、1・2時間お店見ていてもらえる?」

    「いいよ」

    そんなやり取りをすることが多くなっていったわねぇ。

    川口さんは国鉄の寮住まい。ママは旦那様の実家住いよ。一線を越えた2人の逢瀬の場所としては、三業地は最適な場所だったのかもしれないわ。なにせ、お店の近くには通称”連れ込みホテル””連れ込み旅館”なるものが多く点在していたのですもの。

     

    おばあちゃんがひでみママの逢瀬の手助けをしていることに気づいたかの様に、ママの変化に心を痛めたハンサムな旦那様にある日、おばあちゃんは喫茶店に呼び出されたの。

    でも、性格のせいなんでしょうね。おばあちゃんに尋ねたいことも満足に聞き出せなくて、いかにママが変わってしまったか優しく淡々とおばあちゃんに告げている感じ…。駅前の喫茶店に着くまではもう、心臓が爆発しそうだったけれど、なんだかママの旦那様が哀れに思えてきたわ。

    どちらに味方するわけでもないけれど、その時、おばあちゃんが口を割らなかったので旦那様が行動開始。お店の張込みを始めたのよ。そして、とうとう現場を目撃。現行犯逮捕というわけよね。次には、ひでみママ抜きで男同士の静かな話し合いがもたれたわ。話し合いの中で、川口さんは全面的に非を認めて二度とママには逢わないと約束したそうよ。でも、肝心のママが納得しなかったのよね。

    「終わりになんかできない。逢えないなんて耐えられない」

    そんな風にママに開き直られると、旦那様の方は悲しそうにおろおろするだけだったけれど、川口さんは約束通り二度とママに逢おうとはしなかったのよ。勿論、お店に来ることもなかったわ。

     

    「綾ちゃんお願い。私が電話しても電話口に出てくれないの。今日は非番で寮にいるはずだから電話してほしいのよ」

    一途に恋焦れるママにほだされてピンクの電話で寮に電話を入れ川口さんを電話口まで呼びだしてもらったわ。

    「川口さん、綾です。突然、ごめんなさい。電話切らないでママの話を聞いてあげてほしいの。待って、切らないで」

    川口さんの戸惑いと困惑顔が電話口からも伝わってきたわ。ひでみママは、哀願するようにこれから会う約束を取り付けると

    「綾ちゃん、店良い?」

    そう言って、どこか嬉しそうに出て行ったけれど…。小一時間ほどで戻ったその時のママは目は真っ赤に泣き腫らし鼻水で顔はくしゃくしゃ。結果は聞くまでもないわね。恋は一方通行じゃ実るわけがないものねぇ。ママが一番幸せそうに輝いていたのは片思いの時かもしれないわ。