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《おばあちゃんの恋袋 第五十四話》恋の目黒川 〜駆け落ち編〜

  • 2014年11月10日  吉井 綾乃  



    テレビの中の鮮やかな紅葉が目に飛び込んできた。ほぉ、綺麗だ。

    思えば今年はまだ、本物の紅葉にお目にかかっていない。さてさて、どこか近場で良いところがなかっただろうか?はて、なかなかこれだという場所が思い浮かばないものだ。

    グズグズしていると冬に追いつかれてしまいそうだが…。いざ紅葉を楽しみたいと思うと、故郷の山々の景色に敵うところはないような気がしてくる。

     

    今は昔。武蔵の国に男女ありけり。この男女、出雲の国より出奔しにけり。

     

    今日は、先週ちょっとだけ紹介した駆け落ちカップルのお話よ。

    さて、このカップルはというと…。40数年前におばあちゃんの友達、晴美ことお春が住んでいた目黒川沿いのアパートの、お隣の住人。

    当時、訳あって友達のお春の同居人として暮らすことになり、結果、おばあちゃんもそのお隣さんと仲良しになったのよね。でも、おばあちゃんは同居する前からこの二人のことは良く知ってはいたのよ。

    お醤油やお砂糖の貸し借りはもちろん、夕食を一緒に食べたりと、お春が元カレと同棲中からずーっと懇意にしていたお隣さんだしそれに、おばあちゃんもお春のアパートを訪ねた時に顔を合わせたり一緒にマージャンをしたりしていた仲だったの。とても気の合う大切なご近所さんだったわけね。

    お春の元カレがアパートを出て行った当初は、お隣さんのこのカップルは何事もなかったようにお春に接してくれたらしいわ。『最初から晴美さんは一人暮らしだった。よって、元カレの存在も無』あたかも、何事もなかったかのようによ。お春はその気遣いがとても嬉しかったと言っていたわ。

     

    そんな気遣いのできる優しい二人は、島根から駆け落ちしてきた訳ありカップル。おばあちゃんと同年代の裕二さんと年上の昭子さんは、生まれ育った故郷を捨てて東京まで逃げてきた恋人同士だったわ。でも、恋人同士というのは正確な表現じゃないかもしれないわ。だって、昭子さんは戸籍上、島根にご主人様のいるれっきとした人妻だから、恋人同士というのは少し違う気がするのよね。

    実は、おばあちゃんは島根県と鳥取県の場所を混同していたぐらい島根県のことは何も知らなかったのだけれど、このカップルのおかげで、少なくても島根県がどこにあるかはちゃんと把握できたわよ。それとお国訛りもね。

     

    いつも仲睦まじくお国訛りの言葉で話している二人はどこから見ても仲の良いご夫婦。傍から見ていると、5歳も歳が離れていて、しかも女性の昭子さんの方が年上だとは見えなかったわねぇ。

    裕二さんは、そうねぇ、小さいおじさん風とでも言うのかしら?とても21歳には見えないのよ。若く見えない第一の理由は頭髪よ。そう、一言で言ってしまうと若禿なのよね。『21歳でこれはないだろう!』と神様に抗議してもいいレベルの毛根の少なさ…。(もしかしたら、何らかの病気の後遺症だったのかもしれないわ)それに、小柄で痩せているから、悪い言い方をすれば、貧相なのよね。たまに何かのはずみで垣間見る屈託のない笑顔は確かにおばあちゃんと同年代の若者なんだけれど、見かけは30代のおじさんそのものなのよね。

    片や、昭子さんは26歳。彼女は中肉中背。裕二さんが酔った勢いで自慢していた通り、ナイスボディの持ち主。おばあちゃんも銭湯で昭子さんの裸の姿を見て、そのビーナスのような体に圧倒されたわ。

    形良くボンと突き出た胸、キュッとくびれた腰そして、バン張ったお尻。胸が大きいのは洋服を着ていても分かったけれど、こんなに魅力的な身体だということは、銭湯で初めて知ったのよ。

    それに、肉感的で攻撃的な身体とは裏腹に、お湯をはじき艶めかしく光る肌はひっそりと女であることを伝えているようで、とてもとても若いおばあちゃんたちには太刀打ちできない大人の女性の色香を感じたものよ。

    でも、残念ながら洋服越しではその魅力は伝わらないわ。昭子さんも裕二さんと同じ、実年齢より老けて見えるタイプだったもの。記憶の中の彼女は控えめで家庭的、口数も少なくいつも静に微笑んでいるのだけれど、化粧気もほとんどなく、やっぱり30代のおばさんのイメージなのよね。

     

    二人の駆け落ちに至るまでのいきさつを事細かに覚えていないのは、尋ねなかったのか、それとも聞かされなかったのか、忘れてしまったのか、今となっては定かではないのだけれど、一つだけ、はっきり覚えている感情があるのよ。それはね、驚きよ。

    裕二さんと昭子さんにとってはとても失礼な話なのだけれど、どうも、おばあちゃんは、『色恋沙汰は美男美女の専売特許』だと思っていた節があるのよね。

    言い訳させてもらえるなら、これは若さゆえの未熟さと愚かさが招いた先入観なの。そして、その先入観で裕二さんと昭子さんを見ていたのね。だから、有り体に白状すると、「えっ、この二人が?』という驚きの感情が強くてその他のことをあまり覚えていないのかもしれないのよ。

    愛し愛され、恋いこがれるそんな素敵な関係の二人は美男美女とは言わないまでも、見かけは、それなりに魅力的な人たちが登場するものと思い込んでいたおばあちゃんにするとカルチャーショックだったのよね。

     

    こんなことを言うなんて、裕二さん、昭子さん、本当に失礼なことよね。ごめんなさいね。だけど、昔も今も駆け落ちなんて、まさにドラマチックで大恋愛の見本みたいなもの。だから、そんな恋ができた二人がとても羨ましいのよ。それに、今なら良くわかっているわ。恋はどんな人にでも訪れるものだってことをね。