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《おばあちゃんの恋袋 第五十話》バツイチ 〜フリーの恋〜

  • 2014年10月13日  吉井 綾乃  



    体育の日か…。

    澄み切った秋空の下、思いっきり身体を動かしてみたい衝動に駆られる。気持ちは野山(?)グランドを駆け巡っているのだが、あちらこちらとガタがきている身体がどうにも上手に機能しない。思いが空回りするばかりなのが残念だ。だが、気持ちの良い秋の空気を胸いっぱいに吸い込むだけでもなかなか幸せ気分。

    秋に恋している気分なのか、と思う。

     

    今は昔。車がまだまだ、珍しかった頃の片田舎でのお話し。

    その当時、おばあちゃんの実家のそばの道は馬車道だったの。馬車道と聞いてもしかすると横浜の馬車道を想像した人もいるかしら?だとしたらごめんなさいね。横浜の馬車道はおしゃれでハイセンスなイメージ…。おばあちゃんの生まれ故郷の馬車道は読んで字の如く、牛馬車の通る道よ。だから少し緩い坂道だったその道には、いつも牛馬の排せつ物がいっぱい。ガラガラと荷台を引いて牛馬が通った後にはまだ湯気が立ち上っている置き土産がてんてんと落ちていたものよ。(失礼)でも、横浜の馬車道の語源もきっと同じだと思うのだけれど…。

     

    閑話休題。車なんてほとんど見たこともない田舎なのに、おばあちゃんの隣に住むお姉さんはその当時では珍しい女性ドライバー。職業ではなく、運転免許をもっていたということ。おばあちゃんの家の隣は町に一つしかない病院だったのよ。代々続いているお医者さんの家のだから経済的にも裕福だったのだと思うわ。病院所有だったのか、個人のものだっのか、車があったのですもの。ともかく、隣のお姉さんは幸せなお嬢様育ちということね。

    まだ、小学校の低学年だったおばあちゃんは車を運転している隣のお姉さんを見かけると恰好良いと思うよりも、どこか、別次元・別世界に住む人のように感じていたみたい。畏敬の念に近いものかしらね。

    名前は豊子さん。豊子姉さんと呼んではいたけれど、歳がだいぶ離れていたせいかしら?おばあちゃんとはほとんど接触がなかったのよ。でも、豊子姉さんは町では有名人だったと思うわ。なんといってもハイカラさんですもの。思い返してみると、当時、豊子姉さんは30歳を過ぎていたのかもしれないわ。きっと、大正生まれよ。だからもっと若いころはモガ(モダンガール)だったにちがいないわ。

     

    ある日、豊子姉さんが文金高島田に角隠し姿で仲人さんに手を引かれ我が家にやってきたのよ。

    おばあちゃんの故郷では嫁引き・婿引きという昔からの風習があって、お嫁さんやお婿さんが挨拶回りをするのだけれど豊子姉さんも嫁入り前に挨拶に寄ったのよ。おばあちゃんとしては「お嫁さんに行くんだな」という程度の感想しか持たなかったのだけれど、それから何か月の後、

    「どうも…、出戻ったらしい」
    「えっ…」

    …と、こんな感じに町の人たちの口の端に上る仕儀と相成ってしまったのよ。

    「どうやら他に男がいたらしい」
    「いや、旦那に別の女がいたのよ」
    「夜のおあいてを拒否したという話だぞ」
    「むこうさんが一度もしなかったからよ」

    …と、何ともかしましい。小学生だったおばあちゃんの耳にも入るぐらいだから相当なことよね。

    「昔から男ぐせが悪い」
    「我儘娘さ」
    「ハスッパ」
    「親の躾の問題だ」

    …等々、時代が離婚など、けして良しとは認めない50数年も昔の片田舎のこと。風当たりは強かったでしょうね。

     

    少し赤茶けた髪にかわいい顔。今どきのアイドルのような秀吉くん。彼はおばあちゃんの同級生。日本全体がまだ、貧しかった時代、おばあちゃんの住む町も決して豊かな町ではなかったわね。今の様に誰もが衣食住に恵まれているのとは違い、着るものも食べるものも質素なもののだのよ。その中でも、町はずれの掘っ立て小屋に父親と二人で暮らしている秀吉くんの貧しさは、群を抜いていたわね。上下ともツンツルテンの学生服、素足に穴の開いた運動靴。いつもお弁当は梅干しだけの日の丸弁当よ。

    今も昔も子供は残酷な一面を持っているもの…。日本人ではなかった彼は同級生からいわれなきイジメにあっていたの。多分、床屋さんに行けるほど余裕がなかったのかしら?頭もよくハンサムな彼は、同級生たちのいがぐり頭とちがって女児のおかっぱ頭に近い坊ちゃん刈り風の頭を少し傾がせ、いつもどこか寂しそうに同級生たちから一歩下がってるようにみえたわ。

    ここで、秀吉君がとつぜん登場したのには理由があるのよ。それはね…。

     

    フリーになった豊子姉さんの恋の相手が秀吉くんの父親だったからなのよ。秀吉くんがイジメにあっていたように彼の父親もいわれなき差別を受けていたのかもしれないわ。秀吉という日本人を誇示した名前を息子につけたのも、どこか屈折した思いが感じられて悲しいわね。

    秀吉くんは父親似。(母親のことは知らないけれど)父親も、とてもきれいな顔をしていたわ。それと、今様に言えばシックスパックの細マッチョ。記憶によればゴミやさんというかゴミ拾いなどで、親子二人の生計を立てていたのじゃないかしら。夏の日におばあちゃんの家の近くの馬車道(坂道)を荷で一杯になったリヤカーを曳いて行く時に見た、逞しい腕と破れたシャツからのぞいていた割れた腹筋。幼かったのでその時には何の感慨もわかなかったけれど、年頃の娘なら『きゃー』と悩殺されたかもしれないわね。

     

    恋話の顛末は、モガと細マッチョの恋は周囲から受け入れられるわけもなく、秀吉くん親子と豊子姉さんの3人は町を出て行ってしまったのだけれど…。噂話はまんざら嘘ばかりでもなかったのよ。後から知ったことだけれど、2人はもともと相思相愛の仲だった、が認めてもらえず諦めて1度はお嫁に行くも、どうしても諦めきれずにも一度トライ。これが真相よ。昔々の昔から一途な女性はいるものね。