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《おばあちゃんの恋袋 第八十一話》一目惚れ〜恋の男仕立て〜

  • 2015年05月18日  吉井 綾乃  



    1週間前の10日は母の日であったか…。

    『墓に衣は着せられないのよ』。これは、不詳の娘への母の言葉である。さもありなん。母の生前も、母の日は忘れられたままだった。今となってはしみじみと親不孝を悔いるのみだが…。

    今も昔も子どもの将来を思わぬ親はいない。而して、良き伴侶を得ることそれが幸せの道と信じて疑わなかった、であろう昔々の親にとっては娘の器量の良し悪しは大問題だったのだ。

     

    昔々、東北の片田舎に生まれた女の子がおりましたとさ。

    『産めよ、増やせよ』の時代まで遡りはしないけれど、おばあちゃんより11・12歳ぐらい年上の女の子よ。そうすると、団塊の世代だわね。だから、第一次ベビーブームの年代よね。でも、そんな時代にだって子どもに恵まれない親御さんはいるものよ。

    『賢い子になりますように』との両親の願いを込めて、智子と名づけられた智子さんは

    そんなご両親から生まれた待ちに待たれていた待望の赤ちゃんだったの。

    時代的にも家計的にも贅沢三昧というというわけにはいかないけれど、ご両親やお祖父さん、お祖母さんの愛情を一身に受け『蝶よ、花よ』と育てられたのよ。

     

    愛情いっぱいに育てられた智子さん。その甲斐あってか、とても素直で親孝行な女の子だったそうよ。働き者の両親をみているから、幼いころから何でも進んでお手伝をする、気働きのできる本当に良い子だったみたいね。お手伝いのおの字も持ち合わせていなかった出来の悪いおばあちゃんに、母親はため息交じりによく言っていたわ。『やっぱり、女の子たるもの智子さんの様に育てなきゃだめね』って。何を隠そう、智子さんはおばあちゃんの母親の長兄の息子、甥っ子のお嫁さんなのよね。つまるところ歳の離れた従弟のお嫁さんと言うことよ。

     

    そんな良い子の智子さんなのに、ご両親にはとてもとても大きな心配事がありましたとさ。

    中学生になる頃には農家の立派な働き手となった智子さん。『気立てが良くて器量良し』と言いたいところだけれど…。残念なことには、智子さんはお世辞にも器量良し、とは言えなかったのよね。そして、その頃からどんどん視力が落ちて、智子さんはメガネもかけるようになったの。野良仕事で真っ黒に日焼けしているせいもあるけれど肌は黒く、やせぎすで女の子らしいふくよかさがまるでない智子さん。智子さんが成長するにつれて親御さんの心配事は確信に変わっていたわ。

     

    「智子、父ちゃんと母ちゃんの言うことを良ぐ聞けよ。父ちゃんと母ちゃんが死んだらオメは一人ぼっちだ。独りで生きていかねばなんね。オメは気立ても良いし働き者だ。んだげんど、それだけでは婿さんは摂れね。財産っこでもあれば持参金、用意することもできっぺが、家じぁ無理だ。智子は自分で稼がねばなんね。手に職つけねがなんねがら、町さ出て和裁士の学校さ行け」

    と、父親に申し渡されて素直で賢い智子さんはすべてを了解したそうよ。自分が醜いこと、お嫁の貰い手も婿の来(き)手もないと両親が考え、案じてくれていることをね。

     

    おばあちゃんの従弟は色が白くてスポーツマンのイイ男。と、いっても年が離れて過ぎているし住む町も違うのであまり接点はなかったからこれは、周りからの伝聞よ。でも、おばあちゃんの母親からすると、自分の結婚前に生まれた初めての赤ちゃん・甥っ子だから特別可愛いお気に入りだったわね。

     

    この従弟と智子さんの出会いは、ちょうど今頃の季節。田植えの時期に二人は出会ったの。昔はね、農家にとって田植えは一家総出の大イベント。一族郎党、村や町を上げて田植えの時期を過ごすのよ。今ではあまり聞かないけれど、ゆい(結)というお互いに助け合う決まり事があって、田植えの時期には何日は誰それの家の田植え、次の日は誰それの家と、田植えに明け暮れる毎日だわ。

    従弟は銀行マンだったけれど、家は、けっこう大きな農家だったのよ。だから、自分の家の田植えには絶対参加が義務。そこに、ゆい(結)で来ていたのが智子さんよ。すでに、和裁士として仕立てのプロになっていた智子さんでも、田植えの時期はゆいやゆい返しで駆り出されるのは当りまえのことだったの。

     

    この時の、智子さんの気働きと見事なまでの田植えの手さばき、中腰で一苗々植える正確で素早いこと…。誰もが感心するほどだったわ。そして、多分この時に従弟の両親は智子さんを長男のお嫁さん候補に仲間入りさせたのだわね。

    当然、従弟も『すごいなぁ』と感心はしていたみたいよ。でも恋心ということではないわね。一方、智子さんは従弟を一目見たときから動悸がはやくなり胸が苦しくなり、まともに従弟の顔がみられなくなり…。これぞまさに一目惚れ。でも、『ブスでその上メガネをかけている自分など相手にされるわけがない』、そう思っていたらしいわ。昔々はメガネとブスはイコールで結ばれていたから無理もないのだけれどね。

    でも、智子さんが意図した事ではないけれど、『将を射んと欲せば馬を射よ』の故事どおりのことが周りの人たちに起こっていたのよ。

     

    従弟の一番のシンパでもあるおばあちゃんの母親は和裁がプロ並みの腕まえ。その彼女が『凄い、あの男仕立てが出来る人はそうそういるものじゃない』と褒めたたえ、両親も智子さんの近所の評判を聞くにおよんで、智子さんを息子の嫁候補の一番手と思い定めたのよ。

    ご本人の智子さんが与り知らないところで智子さんの評判はうなぎのぼり。当然、従弟の耳にも届いていたわ。その時、従弟は30前後だったのかしら。そろそろ身を固めたいと思ってもいたのでしょうね。『来年の正月用に着物をあつらえるつもりだから、その智子さんとやらに頼みに行ってくる』と自ら智子さんのところに出向いて行ったのよ。それからはアレヨアレヨのとんとん拍子。

     

    立膝の見事な男仕立てで仕立てられた従弟の着物が出来上がる頃には、晴れて二人は婚約者同士よ。智子さん、きっといつにもまして一針々心を込めて縫い上げたに違いないわよね。