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《おばあちゃんの恋袋 第八十七話》お嬢様は力士好き〜内緒だよ〜

  • 2015年06月29日  吉井 綾乃  



    世はまさに、梅雨真っ盛り。

    毎日続く梅雨空に、心もすっかり曇天模様の今日この頃。

    何やら、梅雨時は気圧の関係で肩こりやだるさがいっそう、重くなるとのこと…。皆々様は恙なしや?

    冬から春へも待ち遠しいが、梅雨から夏へも待ち遠しいもの。開放的な夏空に一日も早く、お目にかかりたいものである。そして、すべからく、恋心は夏空の様にありたいもの、梅雨空張りの恋は辛気臭くていけない。

     

    さてさて、突然だけれどみんなはお相撲の夏場所って何時のことを指すか、知っているかしら?というより今の若い方々はお相撲のこと自体に、興味がないかもしれないわねぇ。今日はね、幼いころからお相撲さんに興味津々だった、一人の女の子のお話。

    ちなみに、お相撲の世界では通称夏場所は東京の国技館で開催される五月場所のことを指すのよ。もう、すでに今年の夏場所は終わってしまったわ。約1か月をかけて各地を巡る、夏巡業は名古屋場所(七月場所)が終わって、8月入ってからですけれどもね。

     

    今から、40数年前のこと。国技館も今の両国ではなく、蔵前国技館だった頃のお話よ。

    東京の下町、浅草は本所の近くに生まれ育った洋子ちゃんはファッション雑誌、『VOGUE(ヴォーグ)』や『装苑』から抜け出たような垢抜けたセンスの光る女の子。

    その当時、『VOGUE(ヴォーグ)』はまだ、日本では出版されていなかったけれど『装苑』は日本の洋裁の草分け的存在。しかも、『装苑』を冠した『装苑賞』受賞者からは著名なデザイナーがたくさん世に出ていて今では、新人デザイナーの登龍門といわれているのだけれど、みんなも知っているかしら?

    そんなハイセンスな雑誌から抜け出したように、お洒落で都会的な洋子ちゃん。それもそのはず、当時、洋子ちゃんはこの『装苑賞』を目指して洋裁学校に通う、デザイナー志望の女の子だったのよ。

     

    「洋子、パターンを早くおこさないと発表会間に合わないぞ」

    と、優しい中にも厳しく叱咤激励する健太郎さん。

    「だってぇ、デザインが決まらないんだものぉ〜。でもぉ、生地は昨日ね、すごく素敵なのを日本橋の横山でみつけちゃったんだ」

    と、語尾を甘えたように伸ばす特徴のある声で答える洋子ちゃん。

    「生地探しより、早くやらなくちゃならないことあるでしょう。あと何日もないのに…僕、今度は助けてやれないよ」

    と、少しイライラ気味に答える健太郎さんは、当時流行っていたベルボトムのジーンズにペーズリー柄のシャツをお洒落に着こなしていたわ。健太郎さんはけしてハンサムでもないし、スタイルだって良くはないわね。身長は高かったけれど、日本人独特の胴長短足だしそれに、猫背。でも、纏うオーラがカッコイイのよねぇ。なぜかしら?社会人を経験してから、洋子ちゃんいる学校に入学したのも、大人な男性の決断にみえてカッコイイし、ぼさぼさの長髪を無造作に後ろで一つに結んだ髪型、それすら恰好が良く見えたから、やっぱりそれって健太郎さんの持つセンスのなせる業だったのだと思うのだけれどもね。

    スタイルが良い訳でもないしハンサムでもない健太郎さんだけれど、見かけがモデルさんの様にカッコイイ洋子ちゃんと並んで歩いていても、けして見劣りがするようなことはなかったわね。健太郎さんがいつも堂々としていたからなのでしょうけれど。

     

    一転、すらりと伸びた手足、モデルのようなスタイルの良さや垢抜けた装いとは、まるで似ても似つかないスローテンポな態度と物言いは洋子ちゃんの性格そのもの。

    洋子ちゃんは、幼い頃、両親が離婚。母親の顔も知らず、仕事で忙しい父親に代わり育ててくれた、お祖母ちゃんと乳母(洋子ちゃんが『ばあや』と呼んでいた)に甘やかされて育ったせいか、自主性に欠けるところがあるのよね。何事も『よきに計らえ』の人任せのお姫様タイプ。そうなったのは、裕福なうえに、父親までが甘やかし放題のお嬢様育ちだから無理もないような気もするわ。むしろ、我が儘でないのが不思議なくらいよ。だって、洋子ちゃんはマイペースなだけで素直でとても性格の穏やかな良い子だったもの。

     

    二人が交際するようになったのも、健太郎さん主導よ。でも、健太郎さんの好きなタイプは実は、自立した女性なの。洋子ちゃんはまるで当てはまらないわ。たぶん、デザイナーを目指すぐらいだから元々美的感覚が優れている健太郎さんが惹かれたのは、洋子ちゃんの見た目・外見なのよ。だから、健太郎さん。交際を申し込んだ直後、洋子ちゃんがカッコイイ自立した女性のいでたちを見事に着こなしている様子(選ぶ洋服)と性格のあまりの違いにとても戸惑ったみたいよ。きっと人選ミスだと思ったはずね。でも、おっとりとした性格やマイペースも可愛らしいと感じるようになって愛情を深めて行ったのでしょうね。とても大人な対応だと思うわ。

     

    でも、ここで問題が一つ。健太郎さんの好きなタイプが洋子ちゃんではないように洋子ちゃんの好きなタイプもまた、健太郎さんではなかったこと。

    洋裁学校は毎日出される課題が多く、徹夜で課題を仕上げるなんて言うことは日常茶飯事。そんな時、徹夜明けの早朝に決まって、洋子さんが足を運ぶ場所があったわ。それはね、近所にある相撲部屋。朝稽古の力士たちを見ることが、洋子ちゃんの秘かな楽しみ。それも最大級の楽しみだったの。相撲部屋の近くまで行くと、迫力満点の体がぶつかり合う音や親方の怒鳴り声が響きわたり、相撲部屋の格子窓を覗くと稽古場の土俵では土と汗にまみれて力士たちが朝稽古の真最中よ。その様子をうっとりと飽かず眺める洋子ちゃん、そう、洋子ちゃんが好きなタイプはお相撲さんだったのよ。

    浅草育ちの洋子ちゃんは物心もつかないうちから相撲甚句や触れ太鼓に親しんでいたせいか、はたまた、相撲好きのおばあちゃんの影響か、幼いころからお相撲さんは大好きだったわ。でも、力士が異性だ、という意識のないまま大きくなった洋子ちゃん。お相撲さんは別世界の住人だったはずなのに、中高校生と進むにつれていつの間にか、異性として見ていると自分でも気がついたみたい。でもね、今までそのことは人に話したことが無かったのよねぇ。別に秘密にするつもりはなかったのでしょうけれど…。

     

    そんな健太郎さんと、洋子ちゃんの恋の後日談はまた機会があったらお話するとして、兎にも角にも、二人は仲良しの公認カップルだったのよ。