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《おばあちゃんの恋袋 第八十三話》注意〜焼け木杭は燃えやすい〜

  • 2015年06月01日  吉井 綾乃  



    6月の花嫁、ジューンブライド。

    とは言え、6月といえば梅雨。晴れの日を梅雨空の下で迎えたくないのは人情であろうに、6月の花嫁は幸せになれるとあれば、雨が降ろうが槍が降ろうが6月に花嫁になる、という女性もけっこういるらしい。

    ジューンブライドの由来は諸説あるが、6月のJUNEはローマ神話の結婚をつかさどる女神JUNOに由来しているというなら、これを信じて、JUNOに願いをかければ一番効き目がありそうだが…。

     

    さて、今日のお話はというと、めでたく6月の花嫁になった一人の女性の恋の事情、というか顛末記かしらね。

    昔々、東京は下北沢の小さなアパートに結婚を誓い合った男と女が住んでいたと、思召せ。

    二人は、絵にかいたような美男美女。背も高くモデルさんのカップルかしらん、と思うほどスタイルもよかったわ。特に女性のほうが非の打ちどころのない美貌とスタイルの持ち主だったわ。その女性が、まだ、19歳の誕生日から何か月もたっていなかったミサエさん、その人よ。彼女のお相手はというと当時、ファミレスの店長をしていた慎一郎さん。

     

    東北の田舎町から大学進学のために上京してきたミサエさんは、ご両親の自慢の娘。ミサエさんの母親も大変な美人さんだったけれど、ミサエさんは母親譲りの美貌に加えて、抜群のプロポーションの持ち主だったのよ。しかも、成績まで優秀、となれば自慢に思わない親はいないわ。でも、当のミサエさんは自分の魅力には、とんと無関心というか気付いてもいなかったみたいなの。

     

    東京のテレビ番組が一週間遅れで放送され、しかも映るチャンネルは、NHK・NHK教育・他一局だけ、そんな時代の田舎の女子校出身だったミサエさん。しかもまだ、高校を卒業したばかりの頃だったしねぇ。男性の免疫もゼロに等しかったのよね。きっと。だから、初めて身近に接した男性、慎一郎さんにのめり込んでしまったのかもしれないわよね。

    そんな二人の出会いは慎一郎が店長を務めるファミリーレストランよ。

    『アルバイトに応募してきたミサエさんに慎一郎さんが一目惚れ、何も知らない純真無垢なミサエさんを誑かした』と、言うのがミサエさんのご両親の見解よ。おばあちゃんも、その見解は間違っていないと思うわ。『誑かした』は、ちょっと言い過ぎだろうけれど…。

     

    『なんてことだ。成績だって優秀で、せっかく東京の大学に進学させたのに、どこの馬の骨かもわからない頭の禿げかかった男と結婚だなんてとんでもない。悪夢だ』これは、ミサエさんの父上の嘆きよ。

    確かに、慎一郎さんは当時29歳ぐらい、頭髪が薄かったかも。慎一郎さんにすれば、擦れたところが少しもなくて、素直でとびっきりの美人でその上、スタイルまで良い可愛い女の子が目の前にいるのに、男だったら声を掛けないわけがない、ということでしょうね。そんなミサエさん、世間知らずで素直に育ったのが仇になったとしか思えないわ。

    だってね、慎一郎さんが結婚に異存があるわけがないけれど、ミサエさんったら、直ぐに『結婚したい人が出来ました』と、ご両親に報告しているのよ。おばあちゃんだったら、親への報告はもっともっと後だわ。だって、反対されるのが目に見えているのに…。そう、思わないこと?

     

    当然、ご両親は大反対よ。でも、恋は障害物が多いほうが燃える、の言葉通りミサエさんは下北沢の慎一郎さんのアパートで一緒に暮らし始めてしまったのよね。

    でもね、ミサエさんが大学を卒業したら結婚しようと二人で約束を交わしたまではいいのだけれど、やっぱり恋は一筋縄ではいかないものよね。

    一緒に暮らし始めて1年が過ぎ、大学も夏休みに入る頃よ。社会人と学生という立場の違いもあったでしょうけれど、ミサエさんは自分を釣り上げた魚の様に扱い、優しい言葉の一つもかけなくなっていた慎一郎さんを自分勝手で身勝手な人だと思うようになっていたの。

    決定的だったのは、ミサエさんの大学の前期試験の時のこと。それは、ほんの些細なことなのよ。いつも忘れたことのないYシャツとハンカチのアイロンがけをしていなかったことで、慎一郎さんの怒りがなぜか、爆発したのよねぇ。冷静に考えたら、虫の居所が悪かったのか、何か他に違う理由もあったのかもしれないのに、このことで、ミサエさんは『なんて、身勝手で心の狭い人だろう』と愛想尽かしをしてしまったの。それから夏休みまでの数日は地獄の日々だったそうよ。

     

    夏休みを迎えると待ちかねたように、慎一郎さんと暮らした下北沢のアパートを後にしたミサエさん。そのまま故郷で夏休みを過ごし、二度と慎一郎さんの待つアパートへは戻らなかったわ。その後、何度となく慎一郎さんから連絡があったけれど、ミサエさんがそれに応えることは一度もなかったのよ。

     

    それから、月日は流れ、ミサエさんもりっぱな社会人。

    もう、おぼこい、ミサエさんではないわ、当たり前のことだけれどもね。しかも、とびっきりの美貌とスタイルは東京の水に洗われて、一層洗練されているのですもの、周りの男性が放っておくはずもなく、いくら鈍感で控えめなミサエさんでも『私って、もしかしたらイケテルのかも』と思い始めていたはずよね。

     

    そして、何年か後の6月の良き日。ジューンブライド。偶然にも二人は招待された結婚式場で再会をしてしまうのよ。

    そして、再会から1年後…、こん度はミサエさんがジューンブライド、6月の花嫁として慎一郎さんと結婚式をあげることとなったのよ。

    まったくもって、狐につままれたような急展開にはわけがあったわ。そのわけはね、ミサエさんのお腹の中赤ちゃんよ。いつの間にか、慎一郎さんとの子が宿っていたのよね。

    まさに、焼け木杭になんとやら、本当に燃えやすいのだと知ったわ。

    おばあちゃんとしては何となく腑に落ちない結末だけれども…。ミサエさんのご両親は結婚に反対していたことなどすっかり忘れて何事もなかったように、初孫の誕生をとても喜んでいたわ。これって、めでたしめでたしかしら?