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《おばあちゃんの恋袋 第八十八話》無口女に饒舌男〜恋は不思議〜

  • 2015年07月06日  吉井 綾乃  



    今日は貴重な梅雨の晴れ間。

    真夏のように気温が上昇する一方、梅雨らしからぬ湿度の低くさ嬉しい。一気にたまった洗濯物をかたづけ、気分は上々。

    今日のような梅雨らしからぬ清々しい天気は嬉しい限りだが、往々にして『らしからぬ』こととは、あまり嬉しくない結果をもたらすことが多いように思える。がさて、『らしからぬ恋』をした場合、その結末は如何なものであろうか。

     

    昔々、東北の片田舎に一軒のタバコ屋さんがありました。

    店の間口はたいそう狭く、一軒半ほど。そのお店の真ん中には置物の様な小柄で可愛らしいおばあちゃんがいて、いつもニコニコ笑顔で店番をしていました。

    さてさて、今日のお話はこのおばあちゃんの一人息子タカちゃんこと、隆さんの『らしからぬ恋』の顛末。

     

    隆さんの住い兼お店は奥行きがあるものの、庇は傾いて薄暗く畳は擦り切れ、歩くとブヨブヨと沈んでしまいそうな有り様だったわ。でも、昔々の田舎ではそんな家はごく普通にあったから隆さんの家が特別だということはないのよ。ただ、新しく家普請できるだけの財力も収入源もあるのに、手直しもしないのはちょっと特別だわね。

    昔はね、塩とタバコ、そうそう、お酒も専売品だったわ。決まったお店でしか販売することが認められていなかったのよ。隆さんのお店はその、タバコ・塩の他に石油の販売もしていたわ。だから、町では『タカちゃんはたっぷり貯めこんでいる』というのがもっぱらの噂だったわね。

    「タカちゃんよ。お城建てるほど貯め込んでどうする気だい?墓まで持っていく気であんめな?」

    「ほんとだ。まったく。タカちゃん。貯まって貯まってしょうがながんべよ。母ちゃんが元気なうちに家普請でもして嫁さん、見せてやればいいっぺに」

    と、配達中の隆さんを捕まえたエプロンにモンペ姿のおばさんたちが姦しい。

    「やだよぉ、お松っさん。誰も貯め込んでなんかいねよ。貧乏暇なしだっぺさ。嫁さんどこじゃねぇもの。お松っさんとこみでに、毎日、父ちゃんが痩せるほど頑張るわげにはいがねのよ。この頃、カズさん(お松さんの旦那さま)ほっぺたこけっちまったでねぇのよぉ」

    と、お松さんを軽く小突きながら隆さんも応戦中。

    隆さんは当時、もうすぐ、40台に手が届くという年齢。小柄な体に前掛けをつけ、自転車に毛がはいたような愛用バイクに乗って、塩一個でも配達に歩く姿は、今風にいえば『さえないおっさん』かしらね。でも、おばさんたちの人気は高く隆さんの周りにはいつも笑い声が溢れていたものよ。チリチリに天然パーマのかかった髪は少し薄くなり始めていても、クルクルとよく動く大きな目と、なよなよと科(しな)を作って話す素振りが愛嬌たっぷりで、おばさんたちには愛されていたのかも…。

    そうなのよ。隆さんの口調や素振りは『おねぇ』そのもの。しかも、しゃべり出したら止まらない超がつくほどのお喋り屋さん。だから、隆さんはいつも町の奥方連と井戸端会議ならぬ、道路端会議で世間話や噂話の花を咲かせていたわ。あだ名も『お喋りタカちゃん』ですもの。それに、同性と一緒にいるよりも女の人と一緒にいるほうが楽しそうに見えたわね。当時は、『おねぇ』という言葉もなかったし、男性が女性のような話し方や仕草をすれば、周りは眉をしかめたものなのだけれどもねぇ。隆さんはみんなから好かれていたのでしょうね。

     

    おばさんたち、すなわち女の人と大の仲良しの隆さんがなぜ、その年齢まで独り身だったのかは子どもだったおばあちゃんにはあずかり知らぬことだけれど、男なのに女みたいな話し方をする、変わったおじちゃんと思っていたことは確かね。

    そんな、男らしからぬ隆さんが『らしからぬ恋』に落ちるのはそれから間もない頃だったと思うわ。

     

    お相手の弓子さんは、町の小さな郵便局に勤めるとても大柄な女性。

    小学生だったおばあちゃんは毎月、または、お正月などの臨時収入があった時はお小遣いの中から貯金すると決めていたの。今じゃ考えられない立派な心がけだけれど、マ、貯金ごっこのお遊びみたいなものだったのかしらね。だから、月に一度は必ず郵便局に出むいていたので弓子さんのことは良く知っていたわ。いつも、窓口で大きな体を縮める様に、申し訳なさげに座っているのが弓子さん。『こんにちは。いらっしゃいませ。ありがとうございました』という営業トーク以外の余計な言葉はいっさい話すことはなく

    「こんちは。今日も暑いない。弓ちゃんとこの、じゃがいも今年はどうだ?父ちゃんと母ちゃんは畑がい?」

    町中が知りあいみたいな小さな田舎町の郵便局。当然、弓子さん家のことまで詳しく知っている人も大勢いるわけよね。

    「東京のマスイッちゃん(枡一ちゃん・弓子さんの兄)、お盆には戻ってくんのげ?」

    等々と、話しかけられるのは毎日のことよ。それでも、弓子さんは『じゃがいも、ダメです』『畑さ出てます』『あんちゃん、戻ってきます』。ごく短く質問に答えるだけなの。

    だからといって感じが悪いとか失礼な態度では全然ないのよ。真面目で誠実な感じが滲み出ていて、ただただ、人との会話が苦手なのだと思われたわ。井戸端会議とは縁遠い無口な女性だったのよね。

     

    ある日、貯金通帳を握りしめて何時もの様に、郵便局に着いてみると先客が一人。『あっ。変なおじさん、タカちゃんだ』とおばあちゃんはすぐに気付いたけれど、隆さんは自分のお喋りに夢中…。話の内容は良くわからないけれど、お喋りタカちゃんは一生懸命弓子さんを笑わせようとしていて、弓子さんもそれに応えるように楽しそうな笑顔を見せていたわ。でも、だからって二人を結び付けて考える人は誰もいなかったと思うのよ。

    当然、子どもだったおばあちゃんも、二人が結ばれることになるなんて露ほども思っていなかったわよ。

    弓子さん、当時はまだ25・6歳じゃなかったのかしら?歳の差だってあるし、なよなよとしてお喋りタカちゃんと呼ばれるほど饒舌な男性と、余計なことはいっさい話さない無口で大柄な女性がお似合いだなんて誰も思わないでしょう? 

     

    でも、恋は異なもの、不思議なもの。

    それからしばらくすると隆さんの家は立派な母屋付の店舗兼二階建てに様変わり。

    そして、前掛けをはずし紋付き袴の隆さんと大きな体に幸せオーラをまとった花嫁衣装に文金高島田の弓子さんが沿道からおばさんたちの祝福を受け歩いていたのは、今から55年も前のことになるのだわねぇ。