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《おばあちゃんの恋袋 第八十六話》青年老い易く〜恋成りがたし〜

  • 2015年06月22日  吉井 綾乃  



    沖縄はすでに梅雨が明けたとのこと…。

    願わくは、本州の梅雨もあまり長く続かず短めで『さよなら』したいものである。

    梅雨空が長続きするのは困りもの。そして、若い方々の恋がいつも短めで『さよなら』してしまうのは、もっと困りもの。

    あっという間に歳をとりそれに呼応するように恋も短くなって行くは、切ない限り。だからこそ若い恋には長続きのする大団円こそが相応しいと思うのであろうか。

     

    さてさて、今日はね、いつも恋をしているのに何故か一度も実ることがなかった女性の恋の履歴書の一部を公開しましょうかしらね。

    最初に、誤解がないように断っておくけれど、恋が実らないのは彼女、涼子ちゃんに原因があるわけではないのよ。むしろ、涼子ちゃんは『気立てが良くて器量よし』という褒め言葉がぴったりな女性だったわ。

     

    涼子ちゃんは山梨の身延山の近くの町で生まれ育ち、長じて東京の看護学校で学ぶことになった女性よ。おばあちゃんが、彼女を知ったのは涼子ちゃんが看護学校に入学したばかりの頃だったわ。

    当時はまだ、男女雇用機会均等法などない時代よ。だから涼子ちゃんは看護婦の卵、いいえ、孵化したばかりのヒヨコさんだったわ。でも、彼女はとても頑張り屋で高看(今はあまり使われていないが当時は正看護師のことを指す言葉)を目指して親元をはなれ、2年間寮生活をしながら勉学に励んでいたのよ。その甲斐あって、見事に国家試験にパスして高看(正看護師)様となったわ。今の看護師の仕組みはよくわからないけれど当時は高看になるのは大変難しいといわれていたの。それに、準看(准看護師)に比べると地位も待遇も高く看護婦のエリートコースだったのよね。

     

    そんな看護婦の涼子ちゃん、見かけはおっとりとしたあどけなさが残る小柄で、ちょっとふっくらタイプの女性なの。だから、一見して看護婦にもみえないし、ましてや婦長さんを目指すエリートだなんて誰も思わないのよ。それに、本人もそのことを自慢することも、自分から話すようなこともなかったしね。もう一つ、お偉い高看(正看護師)様に見えない理由があったの。それはね、彼女がいつも恋する乙女だったことよ。いつでも、瞳の中がハートマークでキラキラ…。とても人命を預かる看護婦にはみえないわよね。

     

    「綾ちゃん、ネェネェどう思う?無理かしら?だめだと思う?」

    と、涼子ちゃん。おばあちゃんはまたぞろ、始まったと少々あきれながら言うのよ。

    「涼ちゃん、あんた、今幾つさ?お爺さんじゃなきゃダメなわけ?いったい今度は何歳なのよ。取り敢えず、35歳までなら許容範囲かな」

    と、おばあちゃん。なぜ、こんなことをおばあちゃんはが言うのかといえばそれには深い事情があるのよねぇ。

    話せば長いことながら、おばあちゃんの親友が涼子ちゃんと看護学校のクラスメートでその上、寮でも同室だったの。だから、いつの間にか、親友以上に涼子ちゃんとは懇意になってしまい何でも言いたい放題の仲となり、彼女のことは何でも知っていたのよ。

    涼子ちゃんは父親を知らずに育ったお嬢様。身延山近くの田舎町でも指折りのお金持ちの一人娘を母に持ち、婿養子の父親は涼子ちゃんが生まれる前に町を出奔。それでも、厳格だけど、優しいお祖父さんと物静かなお祖母ちゃんと母親に守られて育った涼子ちゃん。愛情にも金銭的にも何の不自由もなく育ち幸せそうで明るい雰囲気を持つ女性に成長していたわ。ふくよかな体型も幸せに見える要因かしらね。

    父親の出奔には、涼子ちゃんも知りえない込み入った事情があるらしく、涼子ちゃんは端から父親に会うことも探すことも諦めているように見えたわ。『お祖父さんとの確執や女性問題など複雑見たい』と、他人事のように涼子ちゃんは言っていたけれど…。間違いなく、涼子ちゃんはファーザーコンプレックス。

     

    お寺が経営していた幼稚園の園長先生のお坊さんに始まり、小学生の用務員のおじさん、教頭先生、かかりつけのお医者さんそして、中学・高校・看護学校と同年代には目もくれず恋する相手はおばあちゃんに言わせれば、オジ様を通り越してオジイ様にしか見えない年代の方々ばかり…。これが、ファーザーコンプレックスでなければいったいなんだと言うのでしょうかしらね。

    当然のことながら、お目当ての方々は『青年老い易く〜』の域に達しているから恋にまで発展することは少ないわよね。それに、涼子ちゃんもそれまで、恋心を相手に伝えたことは無かったのよ。だから、いつもおばあちゃんや親友に自分の恋心を披露するのが涼子ちゃんの恋の仕方だったわけなのよ。

     

    「綾ちゃん、一緒に来てよ。お願い、ね。食べ物だってスゴーク美味しいんだから」

    と、食いしん坊のおばあちゃんの攻めどころを良く知っている涼子ちゃん。聞けば、先輩の看護婦さんといったスナックのマスターに一目惚れしたらしい。惚れっぽいというか、なんというか年上の男性となると見境がなく目がハートマークになるのは相変わらずだけど、涼子ちゃんが自分から積極的に会いに行きたがるなんて珍しいことだったし、美味しいものも食べられる、それならば、と一緒にそのお店まででかけてみたのよ。

    いました、いました。なるほど。最高に格好が良いナイスミドル。筋張った色気のある手で料理をする様も短く切った手入れの行き届いた爪も髪も、全部が『イイね』をつけたいおじ様だったわ。料理も確かに美味しい。けれど、隣に立つ若い男性は何者?カウンターに二人で並びながら、そっと涼子ちゃんに尋ねてみたわ。

    「ねぇ、涼ちゃん。隣の男性は何者?」
    「さぁ?この前来た時はいなかったわ。従業員じゃないのかしら」
    「まだ、今日の分レバー届いてないよね。全くいい加減だな。克さんが甘いからだよ。ちゃんと言わないとまた、後回しにされるよ」

    と、若い男性が言っているのはおつまみの看板メニューレバー刺しのことらしい。

    「伸ちゃん、そんなにカリカリしないで頂戴。そんなんじゃないと思うわよ。良いレバーが用意できてないからだと思うわ。伸ちゃんは何でも悪く取り過ぎよ」

     

    『伸ちゃん、…思うわよ』って…。思わず涼子ちゃんと静かに頷き合ってしまったわ。涼子ちゃんにしたら、初めてのクリーンヒット。素敵なおじ様だったのにねぇ。歳が離れすぎていること以外にも『恋成りがたし』は存在するようね。