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《おばあちゃんの恋袋 第六十七話》優しい男の恋事情〜ヘタレ編〜

  • 2015年02月09日  吉井 綾乃  



    冬ばれの青空の下、北風の口笛が聞こえる。土地柄の颪(おろし)が纏わりつくようで、老体には少々こたえる。

    しかし、巷はバレンタインデーを間近にほっこりと温かい気配が漂っているようだ。一説にはチョコレート業界の陰謀説もあるバレンタインデーだが、今ではすっかり2月の風物詩…。本命にしろ、義理にしろ、チョコレートを渡す相手がいるということ、これは間違いなく幸せなことに違いない。

     

    昔々、今から40年も以前に、バレンタインデーなるイベントが日本にも存在していたなんて、今どきのお若いかたからすると意外かもしれないわよね。ちょうど、その頃(1970年後半)に日本独自の『女性から男性へ愛を告白する日』として定着したのだと思うわ。

     

    思いおこせば、その当時に働いていた会社に1組のカップルがいたわ。今日はこの二人の恋話を思い出してみましょうかしらね。

    恋人同士の二人の名前は昇さんと朱美さん。おばあちゃんが二人のことを知った頃には既に交際は進行中よ。でも、当然ながら職場恋愛はご法度。会社でもごく一部の人しか知らない秘密の恋よ。

    朱美さんは当時、23歳ぐらいだったかしら。昇さんは朱美さんより多分、8歳ほど年上だったから30歳は過ぎていたわね。

    正直な話、学生気質の抜けない幼く若いおばあちゃんから見ると昇さんはオジサンそのもの。恋愛の対象には見えなかったのよ。失礼なことだけれど、昇さんと恋愛中の朱美さんはよっぽどの変わり者なのかも、と感じていたわ。だって、朱美さんは年齢的にはおばあちゃんと変わらないし見た目だって高校生だといっても通用するぐらい若さに溢れた可愛い人なのよ。

    片や、昇さん。確かに、スーツ姿が板についてはいるけれど頭部が寂しくなりかけた中年男…。当時、髪の毛が薄くなってはいなかったと思うけれど、これが、おばあちゃんの昇さんに対するイメージよ。

     

    職場にはおばさんが多く自分と年齢の近い人がいなかったせいもあるけれど、朱美さんはまるで昔からの古い付き合いだと言わんばかりにおばあちゃんに急接近。働き始めてすぐに二人の秘密の恋を打ち明けられたわ。ただ、おばあちゃんに二人の関係を明かすことは昇さんの了承を得ていなかったらしく、それを知った時の昇さんの困惑しきった顔を今でも、思いだすわ。

    でも、昇さんには心を許した同僚がいて朱美さんと交際中であることは彼には報告済みだったらしいわ。朱美さんも自分の恋話を聞いてもらえる同僚が欲しかったのでしょうね。

     

    おばさんたちは噂話が大好きよ。少しでも怪しい行動をすれば噂の的になるの。でも一人でも味方がいれば、カモフラージュするのが楽になるものなのよね。論より証拠、お昼ご飯を食べるときでも二人なら目立ってしまうけれど3人なら目立たないでしょう。

    おばあちゃんの役目は朱美さんのお惚気を聞いてあげることと、二人の恋のアシストをすることよ。

    表だって会社でいちゃつくわけにもいかないわけだから、フラストレーションが溜まるばかりなのはわかる気がするのだけれど…。だから、堰を切った様に朱美さんのお惚気話の数々はすごかったわね。

    朱美さん曰く、『昇さんは私の王子様。優しさの塊。今まで私の言うことは何でも叶えてくれたのよ。彼は私のことは、どんなことでも許してしてくれるの』『ん?』それって、もしかしたらただのイエスマンかも、と脳裏をかすめたけれど、それは内緒。口に出すことはなかったわ。

     

    朱美さんは、おばあちゃんという口の堅い味方ができて、行動がだんだん大胆になってきたのだと思うのだけれど、ある日、

    「今日、絶対仕事が終わってから彼とデートするわ」

    と宣言したの。

    その時、昇さんの心を許した同僚はすでに妻帯者だったのだけれど出産準備のために奥様は実家に里帰り中。で彼は、にわか独身よ。だから、毎日、時間を持て余しては昇さんを遊びに誘うのよね。飲み屋に直行か雀荘で麻雀がお決まりのコースだったみたい。

    だけど、恋する朱美さんにとって昇さんとの時間を彼に邪魔されるのはとても気に入らないことなの、面白くないわけよ。

    朱美さんにすれば『二人の仲を知っているのに少しは気を使ってよ』と言うことになるらしかったわ。

    おばあちゃんを引き連れて雀荘まで出向くと、

    「麻雀教えて下さい」

    事情を知っている昇さんの同僚は一旦たじろいだものの、あとの二人は若く可愛い闖入者に、鼻の下を長くして嬉しそうだったわ。

    この時よ、昇さんがまるで自分を見失いヘタレを露見させたのは。きっと、朱美さんが怒って乗り込んで来たと思ったのでしょうね。(本当に怒っていたのかもね)

    別に嘘が上手でなくとも取り繕うのが上手でなくとも良いのだけれど、その時の昇さんは朱美さんに嫌われたくない一心なのが見え見え。

    「今日はこの辺できりあげようか?」
    「え〜っ」

    他の人のブーイングも聞こえないふりで

    「どうにも、落ち着かないし…」
    「ごめんなさい。私たちのせいですね、すみません」

    と、おばあちゃんは皆さんにお詫びしたのだけれど朱美さんは涼しい顔。『当然だわ』と思っていたのかしらね。幸いなことに二人の関係がそのことでばれることはなかったのはラッキーだったわ。

     

    当時の正直な感想を言わせてもらえれば、確かに、昇さんが朱美さんにゾッコンなのだということはヨ〜ク分ったわ。情けないぐらいの恋の奴隷状態よ。だけど、昇さんが朱美さんの言うように優しい人、というのは違うかもねぇ・・・。ただ単に、好きな女性に骨抜きにされた情けない人という印象ね。

     

    でも、優しさをはき違えていたとしても、お互いが幸せであれば問題ないのだけれど二人の関係は次の年のバレンタインまでもたなかったのよ。残念なことね。