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《おばあちゃんの恋袋 第六十九話》あり得ない〜小説より奇なり〜

  • 2015年02月23日  吉井 綾乃  



    立春、雨水と過ぎたが春は名のみ。

    歳をとると暑さ寒さに鈍くなるというが、それは嘘だ。十分にこの身にこたえている。

    それでも、少しずつ春はやってきているのだろう。3月も、もうすぐそこ。

    繰り返し、繰り返し変わらずに春は訪れるが、一度として同じ春の訪れはなかったように思う。今は、昔々の恋しい人がいて待つ春が懐かしい。が、幾つになっても春は待ち遠しいものだ。

     

    この頃ふと、子供のころの記憶が甦ることが多くなったのは寄る年波のせいかしらねぇ。今日も、ある女性の顔が思い出されて妙に落ち着かないのよ。落ち着かないのには理由があるのだけれど…。そうねぇ。今日はその女性のお話をしてみましょうか。

     

    昔々、おばあちゃんの生まれ故郷に一人の女性が住んでおりました。年の頃は30前後でしょうか?ただし、小学生の低学年だった頃のおばあちゃんの記憶だから、本当はもっと若い人だった可能性は高いわね。だって、子供の頃って大人の人の年齢は良くわからないものじゃないこと?お姉さんかおばさんか、または、おばあちゃんかのカテゴリーぐらいしか持ち合わせていないのですもの。当時、おばあちゃんはその女性をおばさんと認識していたのよ。でも、やっぱりよくよく考えてみるともっと若い人だったような気がするわ。

     

    名前がまるで思い出せないのだけれど…。彼女の最初の記憶は真っ白な顔に真赤な唇よ。今でも、鮮明に甦るほど彼女の顔は良く覚えているの。あまりに白すぎて不思議な物でも見たような気持になったのですもの。本当にびっくりするほど白い顔だったのよ。お化粧のせいもあったとは思うけれど浮き上がるような白さじゃなかったから肌もきれいだったのでしょうけれど、異次元の人でも見たような感覚かしらね。

    そんなふうだから、子供だったおばあちゃんには彼女が美人さんとはとても思えなかったのだけれど、町のみんなの認識では彼女は美人さん、別嬪(べっぴん)さんだったのよねぇ。

     

    アッ、思い出した。『“いっしゃん”とこの○○さん』だわ。“いっしゃん”とは彼女の父親石蔵さんのことよ。田舎ではどこ、どこの誰々という時は親の名前を最初につけるの。そうすると、どこの誰だかがすぐ判明する仕組みよ。

    「いっしゃんのとこの○○の結婚決まったらしいなぁ」
    「鬼久保(地名)の清さん、どうするつもりかね」
    「いっしゃんとこじゃ、清さんの毎月の手当ないと困るだろう」

    と、男衆の会話。

    「美人は得だねぇ。家にいるだけで金が入る」
    「ほんとだ、ほんとだ。私ら、人足で稼ぐのとは大違いだ」
    「この黒い顔に白粉紅(おしろいべに)じゃ様にならないだろうねぇ。あははは」

    と、女衆たちが笑い飛ばすの。

    要約すると、いっしゃんのとこの○○さんは鬼久保の清さんのお妾さん。で、月々決まったお手当てを頂戴している身、と言うことになるわね。

    まだまだ、日本中が貧しい時代だったから、女の人も男の人に交じって人足仕事をするのも珍しくなかったし『水飲み百姓』という言葉通り、食べることで精一杯の家も多かったのよ。だから、いっしゃんこと石蔵さんの娘さんは素封家の男性のお妾さんとなって、家計を助けていたわけね。でも、ご本人も周りも悲壮感や蔑む気持ちとは無縁だったような気がするわ。お茶請け代わりに噂話に花を咲かせていても、けして悪口でも陰口でもなかったわね。記憶では、ご本人たちも、いつだって堂々としていたわよ。ただ、公然の秘密ではあったわよね。

     

    彼女はそのあと結婚もして子供ももうけるのだけれど、鬼久保の清さんのお妾さんはやめなかったのよ。旦那さんも公認で清さんが訪れてくる日は朝から人足に出るか畑仕事の手間賃を稼ぎに出るか、とにかく一日家を空けるのが決まりだったらしく近所中が清さんの来る日を知っていたわ。それに、彼女がその日はいつも以上におめかしをするのだから気付かないほうがおかしいわね。そして、事実は小説よりなんとやら。子供が生まれてからもそれは続いたわ。あり得ないけど事実なのよ。

    中学生の頃に一度だけ、彼女の旦那様が3.4歳の男の子を背負って日がな一日時間をつぶしているのを見たことがあって、なんとも言えない気持ちになったことがあったわ。あと一つ、それよりだいぶ以前、白い顔の記憶以外にも彼女が男の人にしなだれかかるのを目撃してしまったことがあるのよ。時期的には彼女の結婚の前後だと思うのだけれど、お相手は旦那様ではないことは確かよ。清さんの顔は1・2回ちらっと見たことがあるけれど、清さんでもないわ。彼女よりだいぶ若い感じの男の人だったもの、絶対清さんではないわね。

    彼女の家は路地の突当りにあって、かくれんぼしたり鬼ごっこしたりする時の抜け道に近かったのよ。その日も隠れる場所を探していたのかしら、女の人の鼻にかかった様な甘え声が聞こえて振り向くと彼女の家の障子窓の隙間から、彼女の白い横顔と男の人の頤がパッと目に飛び込んできたのよ。

    彼女の真赤な唇と男の人の咽喉仏と巻き付く腕…。いくら周りの大人たちが彼女の行動を認めていても、おばあちゃんには理解できないことだったわね。子供だったことを差し引いたとしても、よ。

     

    長じてからも思ったものよ。彼女の旦那様がおんぶしていた男の子は一体全体、誰の子なのだろう?ってね。そう思うでしょう?今でも彼女のことを思い出すと落ち着かないのはそのせいかもしれないわ。でも、そんな事がまかり通るほど昔は大らかだったということかしら。