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《おばあちゃんの恋袋 第十八話》恋の伏兵 〜トンビに油揚げ〜

  • 2014年03月03日  吉井 綾乃  



    思い思われて固く結ばれているはずの二人の絆。 その結び目が何の因果がスルリと解けてしまう・・・。 相思相愛と周りも認め、自分自身も信じて疑わなかったのにハッと気がつけば愛しい人の心は他の女性のもの。

    今も昔も恋の仕業は摩訶不思議。 大事にしていたものを横からさっと奪われてあっけにとられると言う意味の「鳶に油揚げをさらわれる」とはこんな時にも使える諺だったのかなどと、思う。

     

    先週はなんとか気温も少し上がり、大丈夫 春はもう近くまで来ているわ、と思えてちょっと嬉しい気分よ。 皆のところへも少しは春の気配が届いているかしらねぇ。

     

    今までよりも少し暖かかった朝、久しぶりに朝食に卵焼きを作ったのよ。 そしたら父親が愉快そうに大笑いしながら「トンビに油揚げさらわれちゃったね」って言っている姿を思い出したの。

    こどもの頃の、おばあちゃんは大好きだった卵焼きを大事に々、最後まで残していたのに、横から箸がスーッと伸びてきてアッという間もなく3つ年上の兄の口の中に卵焼きが消えてしまった時、その時の顔だったわ。 口惜しいやら悲しいやら半べそをかいているおばあちゃんに諺と諺の意味を教えてくれたのもその時だったかしら・・・。

     

    昔々、おばあちゃんが大学生だった頃 学生のアマチュアバンドグループのマネージャーという名の雑用係をしていた時のお話よ。 

     

    その時期に人生最大のモテキを迎えたおばあちゃんはバラ色のキャンパスライフを楽しんでいたの、と言いたいけれど「想う人には想われず...」というのが実際のところ。そうね、想う人には確かに想われていなかったわ。 

    何故って ドラムのムラちゃんとボーカルのミッちゃんはグループ公認のカップルで高校時代からの恋人同士。 それなのにおばあちゃんが恋した人はあろうことかそんなドラムのムラちゃんだったからよ。 

    でも一目惚れじゃないわ。 出会った時にはすでに二人が恋人同士だって知っていたもの。 何故かしら、本当に不思議なものね。「気が付いたら好きになっていたの」こんなセリフはドラマや漫画の中だけのものって思っていたけれど初めて実感したわ。

    完全な横恋慕よね。だから絶対誰にも言えない恋だったの。ムラちゃんには勿論ミッちゃんにもおばあちゃんを想っていてくれるバンドのメンバーにも気づかれない様に一生懸命頑張ったわ。

    仲良く頬寄せあったり手をつないだり、そんな場面を見るたびに心はシクシク痛んだけれど、それでもジャニスを歌う格好良いミッちゃんが大好きだったし皆との楽しい時間がとても大切だったから、おばあちゃんは秘密の恋心のままで良いと思っていたし気持も波立つようなことはなかったの。 ある一人の女性が現れるまではね。

     

    その女性はムラちゃんの大学の同級生。同じテニス愛好会に所属しているらしく、ムラちゃんがアルバイトとバンド活動にかまけてあまり授業にもテニス愛好会にも顔を見せないので、心配してアルバイト先まで訪ねてきたらしいわ。 

    バンドの練習の為に借りた貸しスタジオにムラちゃんがアルバイトを終えるのを待って一緒に付いて来たのが最初だったかしら。

    上品でショートカットの髪に可愛いらしい帽子。今でいうと森ガールと呼ばれている女性達と雰囲気が似ていたかしら。

    女性と言うよりは女の子と呼んだ方があっているわね。柔らかい雰囲気と出しゃばらない感じがすぐにメンバーには受け入れられて、バンドの応援団長のコウヘイと同じ地位を獲得して出入り自由の身となったのよ。

    高感度を高めたあと一つ大きな(?)理由は、いつも現れる時には差し入れ持参だったことかしら。 差し入れは、当時まだそんなに支店も多くなかった銀座コージーコーナーのケーキーやヒロタのシュークリームなどよ。それらはアルバイトに明け暮れている貧乏学生たちの胃袋にはとても魅力的なものだったのですもの。

     

    でもさすがにミッちゃんには何か嫌な予感があったのか、おばあちゃんにだけそっと呟いたことがあったの。「陽子さんのこと、なんだかどうしても好きになれないんだ」陽子さんは彼女の名前よ。 ミッちゃんの性格はバリバリの男前。「セックスはスポーツと同じよ」なんてサラッート言えるし、おの子に媚びたりなんてありえない。(ムラちゃんと二人きりの時は違うのかもしれないけれどもね)そんな性格だから深読みすれば、おの子に媚びている様にも見える陽子さんとは反りが合わないのはしょうがない事ね、位に考えていたのに最悪にもミッちゃんの嫌な予感が見事に的中してしまうのよ。

     

    そう皆にももう結末が見えているでしょう。 後から現れてあっという間にムラちゃんをさらって行ったのは、虫も殺さぬ風情の森ガール。 

    ミッちゃんにとっても突然の恋の伏兵、トンビに油揚げだったに違いないけれど、おばあちゃんにとってもトンビに油揚げよ。心に秘めてとっても大事に思っていた人ですもの。

     

    今も昔も恋は不思議。でも恋以上に判らないのは女ごころかしらね。おばあちゃんも自分の気持ちで精一杯だったからかしら、陽子さんがムラちゃんを想っていたなんて全然気がつかなかったのですものね。 

     

    今どき女子もお気をつけ遊ばせ。 恋の伏兵は何気なく現れるものよ。鳶に油揚げをさらわれないようにね。