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《おばあちゃんの恋袋 第四十三話》高嶺の花の恋の履歴書

  • 2014年08月25日  吉井 綾乃  



    夜空を彩る花火は夏の祭典。今年も各地で花火大会が催されている。

    若いころは、人込みも喧騒もものともせず大会の真っただ中で楽しんだものだ。だが、近頃は人混みを避け遠く離れた場所で楽しむのが常になっている。打ち上げ音がして暫くののち、夜空を染める花火を愛でるのだ。

    しかし、今年はテレビ実況での花火鑑賞で、お茶を濁してしまった。『テレビで見ると、いつもの年より大きくはっきり見えて良い』というのは負け惜しみで、花火は、どんなに遠く離れていても夜空の下で見るのが一番美しく見える。

    美しいものには、その美しさに相応しい場所と言うものがあると、思う。

     

    ところで、夏の夜空を彩る花火って大輪の花の様じゃない?本当にきれいなものよねぇ。さてと、昔々のことよ。おばあちゃんの知っている女の人に、この打ち上げ花火の様に艶やかな美人がいたのよ。その人はおばあちゃんと同じ高校で、2年先輩の3年生。

    その美しさは際だっていたから多分、男子生徒の中では話題になっていたのでしょうけれど、まだ高校生活の新スタートでイッパイイッパイの1年生女子の話題に上ることはなかったの。先輩の美男子ランキングみたいな事はやった記憶があるのだけれど、とにかく『うちの高校にもこんな美人がいたのか!』と気がついた頃には、彼女は卒業して行ってしまったわ。だから、生まれ育った場所も違うので彼女とはなんの接点もなし、のはずだったのだけれど・・。

     

    上京して間もないある日、おばあちゃんは学友に誘われて新宿の歌声喫茶にでかけたのよ。

    たぶん、今は現存していないだろう歌声喫茶については補足説明が必要ね。

    今から40数年前よ。カラオケのカの字もまだ誕生していないころのこと。フォークソングが全盛期だったこともあって、みんなで肩を組みながら歌う場所として歌声喫茶なるものが大流行していたの。

    おばあちゃんはフォークソングも、歌うことも好きだったけれど、肩を組んで歌うのが苦手だったので、その時が歌声喫茶の初体験だったわ。

     

    最初から乗り気ではなく押し切られる形で連れて行かれた歌声喫茶、その店で彼女と再会したのよ。正確には再会ではないわね。おばあちゃんは彼女を知っているけれど、彼女はおばあちゃんのことをまるで知らないのですもの。

    彼女がギターを肩にかけてステージに現れた時、陶器のような白い肌に漆黒の髪。高校時代より少し髪が伸びて髪型はクレオパトラのように整えていたけれど、おばあちゃんはすぐに彼女だと気付いたわ。

    クレオパトラの様な髪形が鼻筋の通った美しい顔をなお引き立てて、スポットライトを浴びたステージ上の彼女は本物のクレオパトラの様だったわ。

    彼女との思いがけない遭遇にも驚いたけれど、それ以上に衝撃だったことは、彼女がセミプロのフォーク歌手になっていたことね。

     

    ジョーンバイズやP・P・Mの歌を何曲か歌い終えて控室に彼女が戻るのを待ちかねて彼女を訪ねたの。控室には先ほどのステージで渡された花束がつつましく置かれてあったから、手ぶらで訪れたお詫びを言いつつ、同じ高校の後輩であることを告げると彼女は驚きの声を上げながら殊のほか歓んでくれたわ。そして、その日の出番がもうないので食事でも、と誘ってくれたの。そんな再会(?)の後、何度となく彼女は貧乏学生のおばあちゃんに食事をご馳走してくれたのよ。

     

    何度か会うようになって、その時に聞いた彼女の独白の数々は、高値の花の恋の嘆きそのものだったわ。

    彼女ほどの美人なら言いよる男は星の数ほどいるものだと思っていたのに、彼女曰く「とんでもない」と全否定。

    高校時代から彼女に恋心を表明する男は勘違いの変人ばかりで、まともな男性からの恋の告白や交際の申し込みは一度もなかった・・・らしいわ。

    高校1年生の時、彼女には好きな人ができたのよ。お互いに気持ちこそ伝えあっていないけれど、彼も彼女を思ってくれていると確信していたそうよ。

    ところが、そこに一人の勘違い男が現れて『我こそが彼女にふさわしい男』と名乗りを上げて交際を申し込んできたらしいの。その男性の名前を聞いて、おばあちゃんも思い出したわ。その男性は、東大合格間違いなしの秀才で大変な変わり者の有名人がったと。

    彼女は入学当初から、我が強く自信満々の彼のことが好きどころか大嫌いだったらしいわ。だから、彼に対して交際を申し込まれるような言動は一切していないし、申し込みも当然ことわったのよ。でも、断ったのにもかかわらず「それは君の思い違いだ。君が気づくまで僕は待つよ」と彼女の断りを無視。あたかも交際中のごとくの振る舞い。そうこうしているうちに周りの目は、彼女と勘違い男が交際中と認識。

    元来、性格がおとなしい彼女。好きな男性に「違うの。誤解なのよ」と告げることもままならずそのまま卒業を迎えてしまったらしいの。

     

    次に、上京してからも音楽仲間に恋心を抱いた時には暗に「自分は君には釣り合わない」という訳のわからないガードに阻まれて気持を伝える間もないありさま。

    その間、東京での一人暮らしの寂しさから、交際を申し込んできた好きでもない人とお付き合いをしたことがあるらしいけれど、やっぱりその男性もどうしようもない自己中男だったらしいわ。

    それを聞いて思ったわ。彼女が美しすぎるばかりに、ごく普通の男性諸君は一歩引いてしまい『こんなにきれいな人だ。決まった人がいるに違いない』と思い込むのねって。

    その結果、彼女に交際を申し込む男性はどこか勘違いした男、変わり者だけになるのだわ。

     

    まったくもって、美人も楽じゃないわね。その当時の彼女は恋愛初心者の若葉マークがついていたのに、誰もそのことには気が付いていなかったのですものね。