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《おばあちゃんの恋袋 第四十六話》ファザコン女史の決断

  • 2014年09月15日  吉井 綾乃  



    今年の秋分の日は23日。よって、今年のシルバーウィークは残念ながら大型連休とはいかなかった。だが、懸念材料だった残暑が心配するほどの暑さにはならず、このまま秋本番となりそうそうだ。何はともあれ、一安心というところか。

    あいにくの曇り空で、先週の中秋の名月は見ることができなかった。しかし、地方によっては次の日にスーパームーンがきれいに見えたところもあったようだ。スーパームーンを見るチャンスが、今年は3度あったらしいのだが・・。残念ながら一度も遭遇できていない。

    恋のチャンスというものは、スーパームーンとの出会いと同じように何時でもアンテナを張っていないと、それと気付かないうちに通り過ぎてしまったり見逃してしまうものなのだ、と思う。

     

    今は昔。おばあちゃんがまだ小学校の5・6年生だった頃のことになるかしら。

    おばあちゃんの遠い親戚筋にあたる家に妙子さんという年頃の一人娘がいたの。今日は、その妙子さんのお話よ。

    妙子さんの家とおばあちゃんの家は、おばあちゃんの父親が東京に住んでいた頃からの長い付き合いだったみたいなの。だから、父親が田舎に戻ってからもとても懇意にしていたわね。

    どんな理由で、彼女の家にお泊まりすることになったのか今では定かではないのだけれど両親と一緒に妙子さんの家を訪ねた時のことよ。

     

    「どうも仕事はやめたくないらしい。年寄っ子で我が儘いっぱいに育てたからね。自分の家の居心地が良すぎるのだろう」これは妙子さんのお父さんの台詞。

    「私のせいだと言うのよ。自分はめったに会えない負い目もあるのか子供の頃から妙子の言いなりなのに・・」これは妙子さんのお母さん。

    「おめでとうございます。良いご縁にめぐまれてめでたいことです。小さい時からお父さんが大好きで、お父さんのお嫁さんになるって言ってたましたものね」これはおばあちゃんの父と母。

    「嬉しそうに鼻の下のばして、二人で私をのけ者にするのよ」と妙子さんのお母さん。

    「今度ばかりは、妙子の幸せのために心を鬼にする。あんな条件のいい相手はそうそう見つかるものじゃない」これは妙子さんのお父さん。

    「相手に望まれて嫁ぐのが一番だ」これは大人全員の意見。

     

    おばあちゃん父親は明治生まれなの。母親は父親より一回り若かったけれど晩婚だったのよね。だから、おばあちゃんも年寄っ子。同じ年寄っ子だという妙子さんにその時、すごく親近感を感じたみたい。

    まだ妙子さんが帰宅していない時間、大人同士の会話を何気なく聞いていただけだったけれど、要約すると、一人娘の結婚がやっとが決まった、ということよね。

    妙子さんの勤務先は大学の研究室。研究室も勤務先というのかしら?彼女は博士号も持っていたはずだけれど・・。

    妙子さんのお父上は船医さん。だから、長い航海に出たりするとなかなか会えないわけよね。お父上はその当時、すでにお仕事を引退していたのだと思うわ。たしか、昔は定年が55歳だったはずよ。でも、子供心のなせる業だからお許し願いたいのだけれど、申し訳ないことに妙子さんのご両親がおじいさんとおばあさんに見えたわ。自分の父親も同じなのにね。

     

    妙子さんも帰宅して、楽しい夕餉。その時が初対面ではないはずなのに、おかっぱ頭にメガネをかけちょっと眉間に皺を寄せながら思慮深く肯いたりする様子が、ちょっと恐い学校の先生みたいで最初は緊張してまったわ。

    けれど、「赤ちゃんの時のように一緒にお風呂に入ろうか。風呂が沸くまで二階のお姉ちゃんのお部屋に行く?」

    どうも赤ちゃんの時からおばあちゃんを知っているらしいけれど、もちろんおばあちゃんの記憶には無し。それまで内風呂の経験しかないし、知らない人とお風呂に入るのはとても恥ずかしくて厭だったわ。でも、なんて言って断ったらいいのかわからず、とうとう二人でお風呂へ入ることになってしまったの。

    洋服を着ている時の妙子さんは痩せていたのに、裸になると均整がとれた長い手足に白く豊かな乳房がドンと目に飛び込んできて、おばあちゃんはドギマギしてしまったわ。それにメガネをはずして優しく微笑んでる妙子さんを見て『本当は、きれいな人なんだなぁ』と思ったわ。

     

    「綾乃ちゃん、綾乃ちゃんは大人になったら絶対自分の好きな人と結婚しなくては駄目よ」

    小学生のおばあちゃん、はてさて何と答えればいいのか困ってしまって目をぱちくり。

    「お姉ちゃんはね、いつもお勉強ばかりしていて男の子のお友達ができなかったの。綾乃ちゃんは男の子のお友達はいるの?」

    頷いたような頷かないような、ただただ妙子さんの独白を聞いているのみよ。

    「本当はね、お姉ちゃんお嫁さんになりたくないのよ。お嫁さんになるのが厭なの」

    そう言って、お風呂のお湯を両手で掬いあげて顔を覆ったの。まだ子供だったおばあちゃんにだけは本音が言えたのかもしれないわね。それに、思い返してみると泣いていたのかもしれないわねぇ。

     

    『妙子さんは、結婚したくないんだ。お嫁さんに行くのが嫌なんだ』と額面通りに受け取ったのは、まだ子供で大人の女性の感情の機微など理解できなかったからなのだけれど、それからしばらく経ってからの出来事は子供心にも衝撃的なものだったわ。

    何が衝撃かといえば、妙子さんが結婚式を間近に控えたある日出奔(しゅっぽん)してしまったことよ。さらに加えて、同じ大学の妻子ある男性が一緒だったこと。すなわち、駆け落ちしてしまったことよ。

     

    妙子さんの初恋のチャンスのお相手は、父親ほども年の離れたその男性だったのかしら。今になってそんな風に考えると、ちょぃと悲しい気持ちになってしまうのよ。