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《おばあちゃんの恋袋 第四十話》恋の終わり 〜夏の日の別離〜

  • 2014年08月04日  吉井 綾乃  



    暑い。なんとも暑い。さりとて、毎日、冷房の効いた部屋でじっと隠れている訳にもいかず、このうだるような暑さの中、元気に活動もできず・・。いささかお手上げの体で、だらだらと一日が過ぎる。

    つい何週間前まではうっとうしい梅雨空にほとほと嫌気がさして、一日も早く夏本番が来ることを願っていたのに、まるでそんなことは一度も望んでいないが如く、この暑さを厭っている。我ながら勝手なものだ、と思わず苦笑いしてしまう。

    いくら齢を重ねても、なかなか自分の気持ちのあり様を理解できないことがある。

    それはそれで口惜しい限りだが、若かりし頃の恋心ほど理解しがたく、不思議なものは無い、と思う。

     

    さてさて、今日は、昔々の夏の日に芽生えた恋の顛末をお話しましょうかしらね。

    あれは、今から40年も前の伊豆の海での出来事だったわ。

     

    まだおばあちゃんが、花も恥じらう女子大生だった頃のこと。とあるクラスメートから夏休みに、実家へと招待されたのよ。

    招待してくれたのは公子ちゃん。彼女はスタイル抜群で明るくてとてもしっかり者。そして、彼女の故郷は伊豆の下田、実家は民宿を経営している、そのことは以前公子ちゃんから聞いて知っていたわ。

    だから、夏ともなれば、民宿の書き入れ時で一番忙しいはずなのに、なぜ招待されるのか訳が分らず面喰らってしまったわ。でも、理由を聞いて納得よ。正確にはアルバイトのお誘いだったのですもの

    彼女は毎年、夏休みには実家の民宿のお手伝いをするのが決まりごと。今年も覚悟はしていたけれど大事な戦力の兄嫁が出産準備で里帰りしてしまい人手が足りない。そこで、ご両親と相談の結果、公子ちゃんの気心の知れたクラスメート2.3人を週単位で招待してこの夏を乗り切ろうということになったみたいなのよ。ご招待というよりお手伝いを兼ねた接待無用のお客様ね。おちゃめな公子ちゃんは「アルバイトしない」というのを「ご招待します」に言い換えたのよ。

    おばあちゃんの受け持ち期間は夏休みが終わる最後の1週間。とても面白そうだし、今年の海水浴は伊豆で決まりとばかりに引き受けたわ。

     

    民宿は、5分もかからないで大海原へ着く立地条件の良さもあり、その夏最後の海を楽しむ人達で毎日満室御礼よ。おかげで、明日は公子ちゃんと東京に戻るという日まで水着になる機会は皆無だったけれど、毎日がとても楽しくて満足していたわ。それでも公子ちゃんのご両親が気を使ってくれて「明日帰るのだから、今日一日は二人で海に行っておいで」。

    かくして、おばあちゃんと公子ちゃんは海へ。

    砂浜に置いたサンデッキに、二人で優雅に横になるとすぐ男性の声がかかる。「隣、いいかな」。お〜っと、これはまさしくナンパ・・。と思う間もなく「どうぞ、どうぞ」と公子ちゃん。さすが長年お客様と接しているだけあって如才ない。『うん。公子ちゃん、ナイス。お目が高い。良い男じゃ』。「アキラ、こっち」と手招きされて、笑顔で近づいた彼がまた素敵。『きゃっ、二人目も良い男』と内心ドキドキ・ワクワクよ。でもいつも仲間内では態度が大きいのに肝心の時はからきし意気地なしのおばあちゃん。彼らと一緒に海で戯れるなんてとても無理だったわねぇ。

    それにどのみち、おばあちゃんはカナヅチだから、甲羅干し専門で海に入る予定はなかったの。でも、公子ちゃんは海育ちの人魚姫。海は彼女の舞台よ。それに抜群のプロポーションですもの、アキラ君が一日で恋の虜になったのもうなずけるわ。

     

    なんとなく、2対2の組み合わせが出来あり、アキラ君は完全に本気モード全開で公子ちゃんに猛アタック。アキラ君のお友達(名前が思い出せない)とおばあちゃんがちょっと引いてしまうくらいだったわ。

    残念なことに、おばあちゃんたちの組み合わせが恋に発展することはなかったけれど、アキラ君と公子ちゃんは東京に戻ってからもデートを重ね恋人同士に・・。

     

    秋が訪れる頃、「二人とも学生だし、部屋代が折半出来るのは経済的に助かるの」、と幸せそうに報告をして彼らは一緒に暮らし始めたのよ。

    そして、冬。公子ちゃんはクリスマスに彼へ送るプレゼントを何にするかで真剣に悩みながら、二人で過ごすクリスマスイブをとても楽しみにしていたわ。それに彼からのプレゼントが嬉しくて、お友達皆にプレゼントの指輪をお披露目していたわね。そう、誕生日プレゼントのかわいいイヤリングもね。「アキラがアルバイト、頑張って買ってくれたのよ」。とてもお互いを思い合っていたのよね、きっと。それに傍から見ていても、二人で仲良く手を繋いで銭湯に通う姿はその当時流行っていた歌[神田川]の世界にそっくりで、とてもうらやましく思えたものよ。

     

    でも、どんな関係でも、徐々に姿を変えていくのは自然の理よね。

    そうなの、公子ちゃんに徐々に変化が見えてきたのはアジサイの咲く頃だったわ。自分たちの部屋にまるで帰りたがらないし・・。

    毎日、沈んだ表情を見せる様になった公子ちゃん。元気づけるつもりで

    「アキラ君が浮気でもした?もしそうなら、三下り半でホッペをぶちのめせ〜」というと、「浮気してくれれば、まだ気が楽なのに・・」

    「えっ、浮気した方がいいってこと?」。

     

    次ぎに彼女の口から出た言葉は

    「自分でもなぜこんな気持ちになったのか、まるでわからない。ある日、アキラの寝顔を見ていたら(この人嫌い)そう確信したの。でも彼には何の責任もないわ。アキラは何も悪くないのよ。勿論、私が別の人を好きになった訳でもないの。自分でもそんなのおかしいと思っているわ。でもこの気持ちが抑えられないのよ」。

    「???」

     

    あと少しで二年目の夏休みという頃、公子ちゃんはアキラ君と二人で暮らしていた部屋を出たわ。

    あんなに愛し合っていたはずなのに、女心は摩訶不思議ね。