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《おばあちゃんの恋袋 第百一話》狐と狸〜恋のポーカーゲーム〜

  • 2015年10月06日  吉井 綾乃  



    早や、神無月。

    庭は金木犀の香りに満ち、街道沿いはコスモスが揺れる。秋である。

    心得があれば、一句詠んでみたいところだが如何せんその技量を持ち合わせてはいない。

    心動かされる思いを言い表すことはなかなかに難しく、四季折々の景色さえ有り体に伝えるのは難儀なことである。

    なれば、想いの深きおのこ、おなごの恋心はさらなり、とあいならん。

     

    さてさて、お若い方々は一週間前のスーパームーンはご覧になったかしら。去年はあいにくの空模様でみられなかったスーパームーン。だけど、今年は晴れたところが多く各地でその姿がみられたようね。特に、今年のお月様は大きいとのことだもの、大事な人たちと一緒に空を見上げた人も多かったでことでしょうね。

     

    昔々、おばあちゃんの若かった頃はスーパームーンという単語は存在していなかったような気がするのだけれど…、でも、今と同じように昔々の満月の夜空を見上げた人は、たくさんいたと思うわよ。

    特に、これからお話する忠一さんは間違いなく夜空を見上げた一人よ。だって、彼はバリバリの天体・宇宙オタク(当時はオタクという単語も今のような認知度はなかったわね)ですもの。

    宇宙好きのお父上の影響で幼いころから天体望遠鏡を覗いて育った忠一さんの一番なりたかった職業は宇宙飛行士、次に現在のJAXA昔の宇宙科学研究所や航空宇宙技術研究所で働くことだったらしいのよ。

    現実は、『夢破れて今やしがないサラリーマンさ』と、ご本人が屈託なく笑顔で話してくれたけれど、正真正銘、忠一さんは狼男の如く満月が大好きな筋金入りの宇宙マニアだったわね。なにせ、おばあちゃんの知っているのは月と一番星の金星ぐらいのものだもの、忠一さんがいくらペルセウス座の二重星団とかM22・ M13の球状星団云々かんぬん、と力説したって猫に念仏、犬に論語よ。

    だから当時、天体やまして、宇宙になどまるで興味がなかったおばあちゃんにとってみたら、忠一さんはただの満月好きのお兄さんだったのだけれど、この忠一さん会社一のモテ男。女性社員のダントツ推しメン。確かにハンサム…かな?洋服の趣味も良く、スーツ姿が板についていて大人の男性という感じよね。

    忠一さんは、その当時のおばあちゃんの好みのタイプと相当かけ離れていたので、その良さがイマイチ伝わってはいなかったのだけれど、魅力的な男性という点に異論はないわ。

     

    昔々、仕事は半ドン・NO残業デーの、とある土曜日のこと。

    「おい。お嬢さんたち、これから僕とデートしてくれる人はいないかな?美味しい食事付きだよ。良し、思いきって夜は美園(お店の名前)のステーキにワインもつけよう」

    と、忠一さんが帰り支度のおばあちゃんたちに声をかけると

    「きゃぁ。ほんと、ラッキー。行く行く」

    と、これはおばあちゃんより2年先輩の藍子さん。

    「大丈夫なの。お給料前なのに。三園じゃぁ、けっこういっちゃうよ」

    と、これは宝塚歌劇団が大好きなお局様の千登勢さん。

    「おっと、これはしたり。俺って信用無いんだなぁ。大丈夫。大船に乗ったつもりでいてよ。でも、いざとなったら○○さん(千登勢の苗字)に泣きつこうかな」

    「そうね、私が一緒に払ってもいいわ。三園のステーキなら文句なく美味しいしね。親睦会にもなるし。詢子さんも綾乃ちゃんも来るでしょ」           

    さすが、お局様。言うことが違う。千登勢さんは今では死語、昔で言うオールドミス。年齢が忠一さんよりだいぶ上の独身女性よ。そして、2年先輩の藍子さん同様、忠一さんの大ファン。忠一さんからのお誘いがよほど嬉しかったと見えて声のトーンが上がり、頬も紅潮させていたわ。でも、ここでおばあちゃんと一緒にお局様から名前を呼ばれた詢子さんは

    「ごめんなさい。私ちょっと行けないわ。これから用事があるのよ。ほんと、ごめん、ごめんなさい」

    と、忠一さんを無視してお局様に、すまなそうに弁明しきり。

    「あっ、そうか。あれね、デートね。先約ってことでしょ」

    と、訳知り顔の藍子さん。

    「そんなんじゃ…」

    と言葉を濁す詢子さん。その間、忠一さんと目も合わせない。だから、てっきり詢子さんの好みの男性はおばあちゃんと似たり寄ったりかしらん、と勝手に思い込んだぐらいよ。

     

    「俺のデートコースはね、軽くお昼ご飯を済ませて区のプラレタリュムで星空を観賞。その後、楽しい夕食会だね。宇宙はいいよ。お嬢様がたに是非好きになってもらいたいなぁ」

    と、少年の様な微笑みを見せる忠一さんにつられて、お局様と藍子さんも嬉しそうにニコニコ笑顔。それに引き替え詢子さんのとりすました顔は、いくら忠一さんが好みの男性とかけ離れていたとしても、あからさまにそっけなさすぎよ。少し怪訝な気がしたのは確かね。

    詢子さんはそれでなくてもオスマシヤさん。お洒落で垢抜けた都会的な女性なのよ。女性社員の一押し推しメンが忠一さんだとすれば男性社員の一押し推しメンが詢子さんね。だから、二人は会社の人気者同士なのよ。まさかそれでライバル意識、ということもないでしょうしねぇ。

    そう言えば、忠一さんの態度もおかしいといえばおかしいわ。詢子さんがいないときは『藍ちゃん』だったり『○○さん(千登勢さん他)』、『綾ちゃん』と名前で呼びかけるのに、詢子さんがいる時にかぎって、呼びかけが『お嬢さんたち』なんて、変よね。変でしょう。

    お互い素知らぬ顔がかえって怪しいもの…。

     

    ひょっとして、社内恋愛だから誰にも知られないように秘密でお付き合い中だとか!と、突然閃いたわ。

    それからは、仕事もせずに、と言うのはオーバーだけれど、じっと二人を注意深く観察していたのよ。結果、二人が内緒で付き合っている事実はないと判明。でもね、お互いが惹かれ合っているのは間違いなさそうだったわ。あれが、恋の駆け引きだとすれば、二人が『小さな恋のメロディ』の幼い子供のような気がして、若いおばあちゃんから見たら素敵な大人同士の恋なのに、案外、大人の恋も可愛らしいものなのね、と思ったりもしていたのよ。

     

    でも、もしかしたら、おばあちゃんにも誰にも気づかれずに、大人同士、狐と狸、恋のポーカーゲームを楽しんでいたのかもしれないわよね。