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《おばあちゃんの恋袋 第百三話》可愛い男〜死ぬほど好きです〜

  • 2015年10月20日  吉井 綾乃  



    今日も、一気に太陽が沈んで行く。

    なるほど『秋の日は釣瓶落とし』、秋の一日は暮れるのが早い。

    而して、秋晴れの後は陽が落ちるとなお、気温の差が激しくなるのが道理。そしてまた、その寒暖の差で紅葉が進み、秋が深まり行くが条理である。

    さて、男と女の愛も深まりゆけば、それぞれに色づき心燃やすが必定なれば、心おきなく美しく咲き乱れるが条理であろうか。

     

    さてもさても、女心が予測不能な秋の空、と言うのは今も昔も変わらない事実だわよねぇ。

    近頃は『女心と秋の空』ではなく、『男心と秋の空』と言うらしいけれど、もね。

    そうよねぇ…。つらつらと、おばあちゃんが考えるには昔々でも、男心だって女心に負けず劣らず変わりやすいものだった気がするのだけれど、どうかしらん?

    一般に、こと、恋愛に関しては殿方のほうが純情で一途というのが定説だったのよ、昔はね。でも、心変わりは世の常、人の常だわ。男心も女心もそうそう変わりは無いと思うのよね。

     

    閑話休題。さて、今から40数年前の東京都下。この街のビルの2階にあったとある大手チェーン店の純喫茶が、今日の恋の舞台よ。

    当時は今と違い、大手・個人経営を問わず、喫茶店の全盛期だったわ。いたるところに喫茶店の看板が出ていて、石を投げれば喫茶店にあたるぐらいの勢いかしらね。その中でもその純喫茶は都内に数多くチェーン店を出店していて、高級感のあるお店づくりを目指していたのがと思うわ。コーヒー一杯の値段も相場よりだいぶ高かった記憶があるもの。

    当然、そこで働くウエートレスも容姿端麗な女性が多かったわ。多分、採用基準も厳しかったのだと思うのよ。これは、おばあちゃんの想像だけれどもね。

    実際、ゆったりとした落ち着いた空間と美女軍団の接客の付加価値でコーヒーが少々高くても利用するお客さんはたくさんいたのよ。会社のお偉いさんや土地持ちの悠々自適組か、会社の商談や領収書が使えるような利用客が多かったのかもしれないけれどもね。

     

    その純喫茶で働くウエートレスの一人、沙知絵さんは小柄ながらお店ナンバーワンの美女。当然、彼女目当てというか彼女のファンは大勢いたでしょうね。体つきが華奢なせいなのか、どこかはかなげな幸薄い印象が強い沙知絵さん。きっと、それが男心を刺激したのよね。沙知絵さんの人気の秘密は明るさや元気ではなく、むしろその逆だったような気がするわ。おじさんたちの冗談とも本気ともとれる、『僕(俺)の愛人にならないか』との主旨の誘い文句は日常茶飯事。食事のお誘いに至っては、ほぼ毎日というのが沙知絵さんの日常生活だったみたいよ。

    こんな風に、客の年齢層も収入も高めな純喫茶だから、若者が毎日通うのには少々辛いものがあるわよね。ところが、ここに登場する{磨さんはクライアントを伴って上司と一緒にその純喫茶に来店して、沙知絵さんを見た瞬間から恋の虜、一目惚れ。それ以来、仕事をさぼっては入りびたりの毎日。

    当時、{磨さんは23・4歳。近くの会社に勤める営業マン。

    まだ、ポケベルも普及する前だから、営業マンの{磨さんが行方不明になっても問題がなさそうだけれど、その純喫茶は会社のお偉いさんや商談などで利用するお店だから鉢合わせは厳禁だし、連絡や上司の呼びだしがあった場合、マメに状況を知っておかないと、かえって危険だわよね。そこで、恋のアシスト要員として活躍したのがB子。

    B子はおばあちゃんのアルバイト仲間で悪友、その当時は{磨さんの勤める営業所のパート受付事務員。で、営業所の連絡事項はすべてB子を介していたのよ。だから、{磨さんは居場所をB子に知らせておく必要があったのよね。

    いたずらっぽくウインクしながら、

    「何かあったらここに電話して呼び出してくれるかな?でも、ここにいることは会社の連中には内緒だよ」

    と、お店の電話番号を伝える{磨さん。彼を憎からず思っていたB子は、二つ返事で『合点承知』。とは言うもののその純喫茶に何があるのか興味津々。そこで、自分の休憩時間を利用しておばあちゃんを呼び出しその純喫茶を偵察に…。

     

    そこで、沙知絵さんを見たB子。『あれっ、サチ姉ちゃん!』と、大層びっくりした様子。

    なんと、沙知絵さんはB子の生まれ故郷の隣のお姉さん。B子が幼い頃、7歳ほど年上で男兄弟しかいない沙知絵さんにはとても可愛がられたとの由。ところが、B子にとっては優しいお姉さんの沙知絵さんだけれど、故郷では知らない人がいない(大変な美人だったからもあるらしいが)程、札付きの悪だったらしく、高校も途中でやめて家出。今は小学生になる一人娘を親元に預けて単身、上京しているとのことだったわ。

    いつもと違い、楽しそうに談笑する沙知絵さんを店のどこかで見ていたと思われる{磨さんがどこからともなく現れて、またビックリ。だけど、これでB子のキューピット役が決定よ。

     

    その頃には、毎日通ってくる{磨さんが、沙知絵さんがお目当てだということは沙知絵さんもお店の人も先刻ご承知。でも、はかなげな印象とは裏腹な経歴を持つ沙知絵さんにとっては、{磨さんも金額まで決めて愛人契約を求めるおっさん達と同類よ。『男はバカ』(沙知絵さん談)の一人だったみたいね。でも、海千山千の沙知絵さん、よほど嫌いなタイプでもない限り、食事に誘われれば付き合うこともあったようね。だから、{磨さんからの食事の誘いも断るつもりはなかったみたい。

    「僕の{という字は宝石の石を抱く{です。琢とよく間違えられるけど{です」

    と、最初に行ったレストランで紙に書いて見せ

    「僕、沙知絵さんが死ぬほど好きです。僕の名前の{の石になってください。あなたは僕の宝石です」

    それを聞いた沙知絵さん『なんて、可愛い男(オトコ)だろう』と、思ったらしいわ。(B子からのまた聞きだけど)

    年上の沙知絵さんには『死ぬほど好きです』が、効を奏したのかしらね。それから間もなくして{磨さんは想いを遂げることができ、しばらく、B子アリバイ工作のアシストも続いたようだけれど…。

     

    後日談は、言わぬが花、聞かぬが花。かもね。