TOP > イククルコラム > 《おばあちゃんの恋袋 第百二話》隙間風〜空いたスケジュール〜

《おばあちゃんの恋袋 第百二話》隙間風〜空いたスケジュール〜

  • 2015年10月13日  吉井 綾乃  



    体育祭に文化祭、スポーツの秋に読書の秋。

    胃袋を満たすも良し、目の保養に心の保養。秋は何でもござれの万能選手のようだ。

    加えて、行楽シーズンともなれば、紅葉狩りにグルメツワーとスケジュールが目白押しと言う方も多いことだろう。

    この予定されたスケジュールの変更が余儀なくされると往々にして、人は冷静な判断力を失いがちだが、恋のスケジュールともなるとなお更であろうか。

     

    さてさて、空も高く気持ちの良い秋晴れの下、花火の音と一緒にどこからか体育祭の号砲が聞こえているわね。おかげさまで、昔々の運動会を思い出して50歳も若返ったように気分だわ。

    昔々。おばあちゃんが幼かったころは娯楽が少なかったせいもあるかしら、秋の町民運動会といえば一家総出の町を挙げてのイベントだったものよ。だから、おばあちゃんがまだ小学生だった頃は町民運動会といえば大変な盛り上がりを見せていたのよね。その中でも地区対抗リレーは花形種目。今日の主役、忠義さんは我が町内のリレーのアンカーを務める韋駄天男。運動会の最後の地区対抗のリレーでは、彼が他の町内の選手をごぼう抜きにしてくれないとおばあちゃんの町内はブービーか最下位は決定的。だから、上位に食い込むには忠義さんは町内の大事な人材。で、おばあちゃんの生家の斜向かいのキミさんの家の自慢の一人息子だったわ。自慢するだけあって、忠義さんは韋駄天なだけでなく性格も良く好青年、とおばさんたちの評判も上々だったわね。

     

    「まったく、忠ちゃんはいい息子だべよ。親孝行だべし、足は早いし」
    「ほんとだべさ。おキミさんも鼻が高いべな。まったく誰に似だんだべ。悪いけど、おキミさん。あんたにはちっとも似でないよね」
    「鳶が鷹だべさ」

    と、笑いさざめくおばさんたち。町民運動会では、町内の応援席のお昼時はおばさんたちの与太話が花盛りよ。

    ここで、忠ちゃんと呼ばれている忠義さんは確かにキミさんには似ていなかったわ。母親のキミさんはいつも大口を開けて笑っているか、お喋りしているか良く言えば明るい人、正直な感想を言えば騒々しい人だったから、寡黙で大人しい忠義さんは父親似だったのかもしれないわね。おばあちゃんの記憶の中でも、足が速いスポーツマンという感じのお兄さんではなく、真面目なで優しいお兄さんだわね。

    「そろそろ、忠ちゃんも嫁さんもらねばよ。大事な一人息子だからってうるさいこと言いっこなし、おキミさん嫁いびりはだめだぞい」
    「忠ちゃん、決まった人でもいんのげ(いるの)?」
    「いるも何も、いるんだべさ。これが、うんと良い子なんだべよ、ね、キミちゃん」

    と、キミさんと懇意にしているおばさんがキミさんの代わりに答えて言ったわ。

    この町民運動会の時点では、忠義さんには母親が認めた花嫁候補がいたのは間違いなさそうよね。

     

    運動会の秋の日に、母親の傍らでおばさんたちの与太話に耳を傾けながら昼食を取っていた小学生のおばあちゃんがそれから数日後、素敵な女性と連れ立って歩く忠義さんの姿を目撃することとなったのは、まったくの偶然だったわ。

    月に一・二度のお楽しみ。いつものように、バスと汽車を乗り継いで最寄りの繁華街まで母親と一緒に買い物に出かけたその時よ。その街のアーケードを仲睦まじく歩く忠義と素敵な女性を発見したのは…。母親の袖を引っ張って『忠ちゃんだよ』と知らすと、微笑みながら『あら』と小さく頷いてそっとおばあちゃんに『シッ』と言うように目配せする母。でも、当の二人は二人だけの世界に没頭しているようでおばあちゃんたちにはまるで気がつかずに通り過ぎて行ったわ。母親も、何故かにこにこしていたけれど、おばあちゃんも子供心に『なんて綺麗な女の人だろう』と、いたく感動して思わず顔がほころんだものよ。

     

    その女性は、真っ黒で艶やかな長い髪を肩口で軽くカールさせ、首筋に光るペンダントがきれいな頤を一層上品にみせていたわ。それに、色が透き通るほど白く、口紅も引いていない顔に上気した頬がほんのりと朱に染まり一幅の絵のようだったわ。

    おばあちゃんが彼女、久美子さんを見たのはこれが最初で最後だから、性格まで知る由もないけれど、久美子さんという女性は寡黙な忠義さんにお似合いのたおやかで控えめな人にみえたわ。

     

    「あの久美子っていう女に長いこと忠義は騙されてたってことだべない。忠義に早やぐ式場探せなんて言って失敗したぁ。猫被ってただ、あの女…。ホントにやんなっちまうよ」

    と涙ながらにおばあちゃんの母親に訴えているのはキミさん。

    「なんだべねぇ、良さそげな人に見えたがね」

    と、思わず過日のアーケード街で見かけた久美子さんを思い出したのか、おばあちゃんの母親が口走ると、

    「えっ、朝さん(おばあちゃんの母親)。久美子んこと知ってんのげ?」
    「いいやぁ、違うのよ。この前○○(アーケード街)に二人でいるの偶然見だのよ」
    「そうげ。…、忠義が不憫だぁ。間男だからない(だからね)」
    「間男?」
    「んだ。この間、忠義が急に仙台に出張になっだそん時、調度久美子の誕生日だっただと。二人でお祝いする予定が急に駄目になっただばいない。それの腹いせだべか。性悪女」

    憎き久美子さんへの恨み節は次から次へとキミさんの口から吐き出されたわ。

     

    その当時、キミさんやキミさんに同調する周りの大人の間では、誕生日のスケジュールが空いたその隙を狙って浮気をした女。と、一方的に久美子さんは稀代の悪女のように扱われていたわ。けれど、おばあちゃんはアーケード街で見かけた久美子さんがそんな悪女だとは到底思えなかったのよね。おばあちゃんが子供だったことを差し引いても、それは変わらないわ。

     

    ご本人同士から聞けた言葉があるわけではなく、これは、おばあちゃんの独断と偏見よ。聞くところによれば、二人は高校時代からの知り合いで、2歳下級生の久美子さんが短大生の頃に交際をスタートさせて、交際4年目での別れだったとのこと。

    忠義さんの母親のキミさんが交際を知っていて、あれだけ憤慨するのだから結婚も間近な間柄だったのは確かよね。

    でも、久美子さんにしてみれば、急にぽっかりと空いてしまったスケジュール…、その隙間に心を乱す風が吹き込んで起きてしまったことなのよね。これって、もしかしたら誰にも止められないし、誰にでも起こることなのかもしれないと思うのよね。