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《おばあちゃんの恋袋 第百六話》お見合い考〜リアル対バーチャル〜

  • 2015年11月10日  吉井 綾乃  



    紅葉前線はそろりそろりと南下中。今年の立冬(11月8日)も、もう過ぎた。

    日本は春夏秋冬、四季折々を楽しめる幸せな国。秋にも存分に楽しみが溢れている。

    だが、街路樹が色づき始めた夕暮れ時は意味もなく、人恋しくもの哀しい思いにとらわれることがある。やはり、秋はもの憂くもの思う季節なのだろう。

    なれば、恋する乙女心が自由に羽ばたける季節とも言えるであろうか。

     

    さてさて、今や世はバーチャル時代。40年前からは想像もできないことが実現しているわ。

    ところで、皆さんは知っているかしら。本来、バーチャルの意味は世間に認知されている訳『仮想』とは違うということを、よ。

    もともとはバーチャルは事実上の・実質上の、と言う意味ですもの、まるで違うわよね。でも、現在は語義が拡大され小説や漫画などの二次元的な表現媒体自体を指すこともあるのよね。

     

    今日は、そんなバーチャル、仮想の世界での恋愛しか知らなかった女性のお話。

    可南子ちゃんは東北の地方都市生まれの純朴で可愛い女性。二十歳で地元の短大を卒業するとそのまま、保育園に就職して保母さんに…。保母さんはもともと、子供好きでおっとりした性格の可南子ちゃんには天職のようなものよ。だから、就職して1・2年はあっという間に経ち、3年から5年もアレヨアレヨと過ぎて行ったのだそうよ。

    その当時、親許から離れて暮らした経験もなく、高校・短大と女子だけの学校だったこともあり、可南子ちゃんには恋愛経験が皆無。

    色々な条件が重なって男性と縁のない生活を送っていて、初恋も中学生1年生の時と奥手な加奈子ちゃんには歳の離れた大好きなお兄さんがいたのよ。

    このお兄さんがおばあちゃんの学友なのだけれど、その彼は顔もうっとりするほど美しいのに、『僕、脱ぐと凄いんです』の細マッチョのスポーツマン。加えて、性格も良し、と三拍子どころか五拍子ぐらい揃っていた男性だったのよ。

    気は優しくて力持ちのお兄さんを持つ加奈子ちゃんは母親よりもお兄さんが大好きな子供だったらしいわ。赤ちゃんの時からグズッテいてもお兄ちゃんがあやすとご機嫌が直り、姿が見えないと泣き出してしまうほどだったとか…。とてもお兄さんの影響も強かったに違いないわよね。もっとも、年が7歳も離れているから可南子ちゃんが中学生になる頃にはお兄さんはすでに東京の大学生。そして、可南子ちゃんが保母さんになり、1・2年経った頃には東京で就職して結婚もしていたのだけれどもね。

     

    おばあちゃんが想像するにブラザーコンプレックスがあった可南子ちゃんはいつの間にか恋に恋する乙女になり、バーチャルの世界にどっぷり。

    どっぷりと言うとちょっと語弊があるわねぇ。でもね、危ないものは前もって排除され大事に育てられたせいなのかしら、運動神経の良いお兄さんと違い外で遊ぶことより家で遊ぶことが得意になってしまったのでしょうね、たぶん。

    幼少時代は絵本そして、漫画から小説へ。恋愛もの一辺倒とは言わないまでも、保母さんなってからはほぼ、(アラ、しゃれじゃないわよ)恋愛小説が愛読書だったそうよ。

    しかも、ベッドに入るのがその日一日の至福の時だったのですって。

    ある晩は『おいで』と逞しい胸に抱きしめられ優しく口づけされまた、ある時は何も言わず、あらあらしくベッドに押し倒され目くるめくような一夜を過ごす…、至上の時をバーチャルの世界の中で見つけてしまった可南子ちゃん。漫画を見ても漫画の中の素敵な男の子たちに恋することはあったようだわ。けれど、小説だと視覚から入る映像がない分いっそう、想像の翼が大きく羽ばたくのでしょうね。

    いつなんどきでも、可南子ちゃんは小説の中の素敵な男性に愛されるヒロインなのよ。

    毎日、ベッドに入る前に夢中で読み進むなんて、これって、ほとんど中毒に近い症状だわ。いいえ、中毒ね。

    確かに、素敵な場面まで読み進めてその場面のヒロインに自分を置き換えて甘い思いや切ない吐息まで想像しながら眠りにつくのは楽しいことだろうとは思うわよ。でもね、毎日の現実の生活より、いち早くベッドに入りバーチャルの世界を求めてしまうのは少し悲しいわよね。

     

    可南子ちゃんがバーチャルの世界で恋愛している、そんな事とはついぞ知らないご両親。長男が東京でお嫁さんを見つけ別世帯を持った今、可愛い末娘がいかず後家になることもやぶさかではないと思いつつも、娘の幸せを考えれば良い人と一緒になってくれるのが一番、と思ってもいたのでしょうね。

    昔々の結婚観で言えば仲人のお世話になるのは当たり前のことだから、可南子ちゃんが適齢期を迎えるころには多くの人に『うちの娘(可南子ちゃん)に誰かいないかね。良い人いたら紹介して頂戴』と、声を掛けていたのは親心だわ。そして、その効果は抜群。可南子ちゃんが23歳を過ぎたころからお見合い話が次々と持ち込まれるようになったのよ。

    バーチャルの世界では恋愛の達人でも現実世界での恋愛経験のない可南子ちゃん。最初からお見合い話をは嫌がったそうよ。それはそうね、夢見る乙女の可南子ちゃんにとって結婚は愛し愛されて結ばれるものだったに違いないもの。

    それでも、ご両親や周りのお世話してくれた方への気遣いを忘れないのが可南子ちゃんの良いところ。だからお見合いは何度も繰り返されることになったのよね。でも、どんなに現実の男性が頑張っても恋愛小説の中の素敵な男性たちを超えることは無理。そんな男性が存在するわけがないのですもの。

    そうこうしながら、お見合い話も二桁に届こうかという可南子ちゃんが26歳の秋のこと。彼女は星崎さんと言う一人のお見合い相手に出合います。

    そして、この星崎さんと可南子ちゃんはめでたく結婚することに…。一体全体、星崎さんってそんなに素敵なスーパーマンなのかしら。

    いえいえ、確かに誠実で真面目な方ではあるけれど恋愛小説の中の主人公になるタイプではないわ(加奈子ちゃん談)、とのこと。それから、少しだけ可南子ちゃんの大好きなお兄さんに似たタイプだとおばあちゃんは思ったのよ。

     

    でもね、バーチャルの世界の住人だった可南子ちゃんを現実の世界に引き戻したのは、星崎さんのドライブテクニックだったみたいだわ。

    今から40年ほど前、紅葉の秋の日のドライブに出かけた時のことよ。

    助手席の背もたれに腕を回してバックする横顔や急ブレーキを踏むときに可南子ちゃんを庇うようさっと体の前に差し出された逞しい腕や優しい手に思わず彼女は心を奪われたのですって!これって、生身の人間の勝利よね。