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《おばあちゃん恋袋 第六十四話》出会いの時A〜恋は芽生える〜

  • 2015年01月19日  吉井 綾乃  



    冬晴れのきれいな青い空が覗く。

    炬燵の中でぬくぬくと暫し幸せにまどろむ。

    さてもさても、めでたいこと。

    この歳になってもあらたまの年を迎えると、何故かどんなことにでも前向きになれる気がするのは嬉しいことだ。

    ところで、前向きなればこそ恋が芽生えるのか、恋すればこそ前向きになれるのか。どちらであろうか?

    いずれにせよ、幾つになっても恋心は無くしたくないものだ。

     

    前向きになるって簡単そうで難しいことよね。前向きといえば、昔々、おばあちゃんがまだ子供だった頃、近所に評判の前向き少年がいたのを思い出したわ。そうね、今日はその前向き少年の恋のお話でもしましょうかしらね。

     

    彼とは歳が近いせいもあって、(彼が3学年上)よく母に言われたものよ。

    「上野(地区名)の博君を少しは見習いなさい」ってね。

    確かに彼、博少年は幼心にも偉いなぁと感心するような頑張り屋さんだったのよ。

    博君、彼の母上は病弱でほとんど入院生活をしているような状態だったわ。だから、長じて博君が医者を志したのは、むべなるかな、だわね。

    お母さんは博君が中学生の時に亡くなり、父親と歳の離れた弟と三人の男所帯。そんな中でもいつも前向きでいれるって、すごいことでしょう?

    洗濯機などまだ普及する前のことだし、お風呂だって薪で沸かしていたような時代よ。父親を助けながら洗濯もする、お風呂も沸かす、子守もするじゃ『見習いなさい』といくらお尻を叩かれても横着者のおばあちゃんには、とても真似できないことよ。妹一人の面倒さえ見られない我が儘者だしねぇ、とうてい無理な話よね。内心、不出来なおばあちゃんは博君の前向きな頑張りに少し『迷惑なんじゃい』と思ったこともあったような、なかったような…。

    高校に通う頃には、朝、食事の用意だけじゃなく三人分の弁当まで作るというので近所の大人たちを大いに感心せしめ唸らせたものよ。特に、おかあさんたちのお覚えは相当めでたかったわね。

     

    そんな博君は成績も優秀で見事に国立の医大に合格したわ。そして、6年後、無事に卒業してインターンに(今は廃止され、研修医制度・研修医)…。

    キッチリ博士号も取得して『博君が博博士』と語呂合わせの様に近所の話題にもなったわね。

    その頃に持ち上がったのが博君の縁談話。

    何とも不思議なことに、その縁談話のお相手はおばあちゃんもまんざら知らないわけではなかったの。なぜって、お相手の女性がおばあちゃんの高校の2学年下の後輩だったからよ。

    彼女は目がクリクリと大きくてお嬢様タイプの活発な印象の女の子。でも、彼女と同じ町から来ているおばあちゃんの同級生(彼女とは親戚筋にあたるらしい)によれば、医者である父親がアル中で患者が寄り付くわけもなく、病院は開店休業ならぬ開院休診状態。

    それでも、大変なお金持ちなので周りを見下したような態度を変えず、その町では嫌われ者の一家なのだ、ということらしかったわ。

    間違いなくおばあちゃんの同級生は彼女一家を嫌悪していたから、噂の真偽は半分以下だとは思うけれど、病院の状態に嘘はないようだったわ。

     

    個人病院を経営していて医者が不在同然なら、切実な問題として病院を見てくれる医者が必要なのは確かでしょうね。それで、博君に白羽の矢が立ったのでしょうから。

    おばあちゃんの乗る駅の4つ前の駅から汽車で通学していたおばあちゃんが知っている高校一年生の彼女は、おばあちゃんの同級生が言っているような「お高くとまる」という印象よりもお嬢様という感じが強い可愛らしい女の子だったと記憶しているのよ。

     

    そんな彼女と博君の縁談話は博君の父上からすると、非常に断るのが困難な話だったというのは後日談で知ったのだけれど、何時でも前向きな博君らしくこの縁談話は一度、博君の意思により、白紙撤回されたらしいのよ。

    その時、博君にどんな思いがあったのかは、おばちゃんには知る由もないけれど、この数か月後に大どんでん返しが起こったことは良く知っているわ。

    縁談話が流れた直後のことよ、博君が交通事故に巻き込まれ大変な大怪我をして病院にかつぎこまれたの。何日も絶対安静が続くなか、彼女は毎日、病院に通い献身的に看病を続けたそうよ。口さがない人たちは、この機に乗じて博君を取り込む算段だろう、とか彼女の両親が入れ知恵したのだろうと噂したりもしていたのよ。

    でも、考えても見て頂戴。彼女は看護師さんでもない身内でもない、うら若き乙女よ。年齢はおばあちゃんの2歳年下だから博君の5歳下、当時21か22歳ね。そんな若い女性が打算だけで好きでもない人に毎日付き添ってお世話ができるものかしら?

     

    この長い入院生活をきっかけに二人の仲は急接近。そして、退院後二人は正式に結納を交わすこととなるのよ。

    実際問題、完全看護といっても家族が付き添い洗濯や食事の補助をするのが通例だったりするのだけれど、博君にはその当時、高校生の弟と父親しかいないのですものね。博君だって彼女にはとても感謝したはずね。

    それでも、おばあちゃんには打算だけで結婚を決めたとは思えないし、感謝の気持ちだけで結婚を決めたとも思えないのよ。きっと、二人の恋心はたとえ本人が自覚していなかったのだとしても芽生えていたのだと思うのよ。その当時に戻って二人の気持ちが聞ければ一番良いのだけれどもねぇ。

     

    二人が結婚しても、博君は彼女の父親の病院を継ぐことはしなかったのよ。けれど、そのかわり自分の力だけで病院を開院にこぎつけ、その病院は大盛況。(病院が大盛況はおかしいかしら)

    今では、博君は彼女の町の立派な名士様よ。そして、今でも前向きな好々爺に違いないと思うのよね。