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《ヒモノ図書館員の恋愛強化書》少女マンガ史を変えた評論の名著!

  • 2015年10月23日  猫元 わかば  



    女子なら1度は読んだことのある少女マンガ。恋愛・魔法・パラレルワールドなど女の子の「好き」や「憧れ」がぎゅっとつまった夢の世界です。今回は少女マンガを論じ、歴史を変えたともいわれる名著をご紹介します。
     
     
    みなさま、少女マンガはお好きでしょうか?
    イケメン男子と恋愛を楽しめたり、不思議の国で魔法を使ったり…私も小学生時代はたいへんお世話になりました。
    愛読書は「なかよし」と「りぼん」。「ちゃお」派の友達と貸しあいっこしたのもいい思い出です。
    中学時代はもっぱら少年マンガや最近PS4でのリメイクが発表された某RPGにドハマりして、少女マンガとは疎遠になってしまいましたが…。
     
    私のように少女マンガとは別世界の住人になった女子がいる一方で「まだまだ現役よ!」という女子もいるはず。
    年齢なんか関係ないのです。乙女心を持ち続けている限り少女マンガは不滅なのです!
     
    そんなわけで今回は女子が1度は通る道、女子のバイブルといっても過言ではない「少女マンガ」の評論をご紹介します。
    タイトルは『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』。
    橋本治さんが初めて手がけたこの評論は<少女マンガの歴史を変えた伝説の名著>なのだそうです。
    1984年初版の本ですが、根強いファンの声にこたえて今年の8月に河出文庫より装い新たに登場。
    帯には三浦しおんさんからの「読み返すたびに泣いてしまう」というコメントつき。
    何とも気になるではありませんか!
     
     
    ●<水分>が足りないヒロインたち!?
     
    今回は『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ 前篇』の中から倉多江美先生の作品について言及した「失われた水分を求めて」を取り上げたいと思います。
     
    著者はまずその絵柄に注目しています。
    いわく倉多ワールドに登場する主人公級のキャラクターには「水分が足りない」とのこと。
    (皮下脂肪はあるそう。なぜなら作中に<フケ>が舞い散るから。ではなぜ細いのか→脂肪以外で足りないものがある→体の7割をしめる水分だ!ということらしい)
     
    なんじゃそりゃ
     
    と思わず古臭いツッコミを胸の中でいれつつ、絵柄を見てみると…良くも悪くも昔の少女マンガ。
    手足が細い。折れそう。「いっぱい食べなさい」とお茶碗に山盛りごはんをよそいたくなる感じ。
     
    著者がキャラクターの<水分が足りていない>と考えた根拠が「効果音」です。
    例えば胸が高鳴る音。普通は「ドキ…」となるところ、倉多作品は「ドキ・・」と点が2個。
     
    つまり一般的なマンガの登場人物に比べて水分が1/3足りていない。足りないだけ主人公たちは力がない。叫びも「わーっ」と気が抜けている。
    逆に「水分の足りている一般人」は倉多ワールドではギャアギャアうるさく感じる。
    作中でも脇役たちは「ドキ…」とするし、「わーっ!!」と叫んでいるのです。
     
    そんな水分の足りない、力の抜けた人物たちに“何か運命的な事件”が起こるとき、登場することの多い舞台装置が「雨」なのです。
     
     
    ●漫画家・倉多江美はシャイなリアリストだった!?
     
    倉多ワールドの主人公に水分が足りない理由。
    それはひとえに作者の倉多先生がリアリストであり少女マンガの世界に浸りきれない少女漫画家だから――なのだそうです。
    つまるところ、シャイなんだそうです。
    そして少女マンガで起こる “お約束”を受け入れられず、「そんなこと現実に起こらない」という妙な冷静さを持っている人。
     
    著者は倉多先生のデビュー作『雨の日は魔法』をあげて「そうら見ろ!」と得意満面の笑み(を浮かべてそう)。
    水分が足りていないキャラクターにとって空からふってくる水――「雨」は魔法のようなもの。
    そして男女間の恋愛やロマンスは、雨が降る…つまり「魔法のようなこと」でも起こらない限り始まらない。始められない。それが倉多先生なのだと著者はいいます。
    その予測を裏付けるように、他の倉多作品でも雨が降るそうです。ときには大雨が。
     
    (この読みが当たっているとして)倉多先生の気持ち、ものすごくわかります。
    私が少女マンガから離れた理由は、むずがゆくなってしまったからなんですよね。
    ぶわっと花が咲きみだれる少女マンガの世界が中学生の私には妙にこっぱずかしかった。
    少年マンガの「友情」「努力」「勝利」のほう楽だったんですよね。
    倉多先生もそうだったのかもしれません。でも少女マンガから離れられなかった。
    少女マンガを描きたいけど、やっぱり何だか恥ずかしい。
    ロマンチックなことに憧れつつ、現実から離れられない。
    寝坊して食パンくわえて走ってたらイケメン(生徒会長・金持ち・芸能人・ヤクザ…お好きなのをどうぞ)とぶつかって、顔を覚えられ、偶然再会して(もしくは居所を突き止められ)恋が始まるなんて許しがたいわけですよ。
    たとえそういう理不尽さに憧れていたとしても。
    著者も述べていますが、実に面倒くさいタイプ…言い変えれば、いつまでも思春期の少女のような方だったのかも知れませんね。倉多先生は。
     
     
    ●少女マンガの魅力を再確認できる1冊
     
    80年代の本ということもあり、取り上げられている作品や漫画家はイマドキのものではありません。
    ですが「少女マンガ」の魅力を再確認する新しい発見があります。
    もうね、とにかく目の付け所がすごいですよ。
    こんな視点で見ているのか〜と感心の連続でした。
    そして何より読みやすい!
    特に今回取り上げさせていただいた倉多先生論「失われた水分を求めて」は、近所のおっちゃんからウンチクを聞いているような気分になります。
     
    またこのタイトルが絶妙ですよね。
    「花咲く乙女」という愛らしい単語と「キンピラゴボウ」。何故だか妙にしっくりきます。
    著者である橋本さんは『熱血シュークリーム』というタイトルで少年マンガ評論も執筆されています。
    あまいカスタードクリームの入ったふわふわのシュークリームと「少年マンガ」「熱血」という単語を組み合わせるセンス。脱帽です。
    少女マンガファンは読んで損はナシの1冊。
    書店や図書館で見かけた際は、ぜひ手に取ってみてくださいね。