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《ヒモノ図書館員の恋愛強化書》愛とともに病と戦う『静かなアリス』

  • 2015年08月07日  猫元 わかば  



    誰にでも訪れる可能性がある「アルツハイマー病」。高齢者に多い症状ですが、なかには40代、50代で症状が現れる「若年性アルツハイマー」もあります。今回紹介する1冊は齢50にしてこの難病に立ち向かうことになった女性のお話です。
     
     
    今回はリサ・ジェノヴァさん著『静かなアリス』をご紹介します。
    著者は小説家…ではなく、生体心理学の学位や神経科学の博士号を取得していて、うつ病やパーキンソン病などを研究している方だそうです。
     
    『静かなアリス』は認知症研究団体に所属している著者が、実際に認知症患者と対話をくりかえし、その経験から産み落とされた1冊。
    若年性アルツハイマーという病を通じて、ぶつかったり、すれ違ったりしながら夫婦や家族が愛を深めていく様が描かれています。
    この本、はじめは自費出版だったというのだから驚きです。
    自費出版ながら30万部を超える話題作となると、ニューヨークのとある出版社がこの著作に注目。新装版として発売され、さらにその注目度は上がりました。
     
    2015年6月には『アリスのままで』というタイトルで映画化もされ、ゴールデン・グローブ賞、英国アカデミー賞など多数の賞を受賞しています。
    原作を読んでみると、その評価には納得せざるを得ないはず。
    アルツハイマーと闘う人たちの生の声と、著者の豊富な知識がふんだんに盛り込まれたすばらしい内容です。
     
    注目したい点はアルツハイマー(に後々なってしまう)患者の視点でストーリーが進んでいくところ。
    100%アルツハイマーの人たちの心を描けているのかどうか、当事者でない私には判断できかねますが、「ああ、こういう世界で生きてるのか…」とアルツハイマーという症状が身近な方にとっては新しい発見につながる1冊だと思います。
     
     
    ●あらすじ
     
    アリス・ハウランドはハーバード大学で認知心理学を教える大学教授。
    何本もの論文を発表する有名人で、特に言語分野に明るく、エキスパートともいえる存在です。
    とある講演の最中に、アリスは1つの単語が思い出せなくなります。
    よくある物忘れかと気にも留めずに講演を終えたアリスは、また別の日、ジョギングの最中に家へ帰る道を思い出せなくなってしまいます。
    アリスの年齢は50歳。はじめは更年期障害かと疑いを抱きますが、物忘れはひどくなる一方で、日常生活にも支障をきたし始めます。
    意を決したアリスは検査を受け、その結果、若年性アルツハイマーの診断を下されます。
     
     
    ●優秀な女性教授に訪れる皮肉過ぎる運命
     
    言語分野の先端を行くアリスが若年性アルツハイマーになってしまう、という皮肉。
    またアリスは子どもの頃からその記憶力を褒められ、アルツハイマーになる前も特定の研究分野の論文に関して発表年月日や実験内容、実験者などを即座に7つも引用できるほど知識量に優れています。
    そんな彼女が1つの単語を思い出せないことに始まり、なじみのジョギングコースで迷子になったり、講演の約束を忘れたり、毎年クリスマスに作っていたプディングのレシピを忘れたり…。
    ショッキングな「物忘れ」をくり返すうちに、アリスは自分が自分でなくなっていく恐怖を覚え、自殺まで考えるようになります。
     
    アリスの症状が重くなるにつれ、読み進めていくのが本当につらくなります。
    数行前に言ったセリフをくり返したり、それまで名前で呼んでいた相手を「隣にいる男」や「赤いドレスの女性」と呼ぶようになったり。
    毎日アリスは<今日の日付>や<住所><娘の誕生日>などいくつかの質問を自らに与え、答えるようにしています。
    はじめは日付も西暦から正確に、住所は番地まで詳しく答えらえていたのが、ページが進むごとに○月○日になり○○州○○市になり、ついにはその答えすら間違えるようになるのです。
     
     
    ●戸惑いながらもアリスを支える夫・ジョン
     
    そんなアリスを支えるのが、やはり家族たちです。
    特に同居している夫・ジョンの協力は欠かせません。
    夫のジョンはアリスと同じハーバード大学で癌に関する研究をしている生物学者。
    研究や講演で家にいない時以外は、毎朝いっしょにハーバードへ向かいます。
    途中でコーヒーショップに寄ってコーヒーとレモンティー、スコーンを買ったりして、同じ道を歩いて職場に向かうなんて、ステキな朝の習慣のある2人。
     
    ジョンはなかなかアリスが若年性アルツハイマーだと認めたがりません。
    診断を下した研究所やその信頼性について、医者に食ってかかり(ように私には見えました)、アリスが「ジョン、陽性なのよ」とたしなめるほどです。
    これからのことを話し合わなければと提案するアリスに「ぼくにできるかどうかわからないよ」と弱音をはいたり、眼鏡や鍵をどこに置いたか忘れてアリスに探してもらうことが多かったのにそれもなくなったり…。
     
    突き放されたように見えて「もうちょっと歩み寄ってあげればいいのに」と腹立たしくなりましたが、よくよく考えると辛いのは1番近くでアリスを見ているジョンも同じなんですよね。
     
    そんなジョンもアリスが道に迷わないようジョギングに付き合ったり、家の中でバスルームを見つけられずトイレが間に合わなかったり、同じことを何度も聞いてくるアリスを怒ることもなく根気よく傍に寄り添うようになります。
     
     
    ●アルツハイマーを知ることができる良著!
     
    アルツハイマーの症状が進んでしまったアリスが、かつてジョンと2人で書いた本を見て、昔の記憶を取り戻すシーンがあります。
    「きみはぼくが知っているなかでいちばん頭のいい人だった」とジョンはいいます。
    アリスは「わたしが恋しい」といいます。
    とても悲しくとても愛にあふれたシーンで、著者がもっとも書きたかったのはこの場面なのかな?と思いました。
     
    最後にはアリスは家族の顔も分からなくなります。
    創作だからといってキレイごとにし過ぎず、でも少し希望をあたえてくれる。さじ加減が絶妙なエンディング。
    患者の行動・考え・感じ方、家族の葛藤、乗り越えようとする家族愛などがリアルに描かれていて、読みながらアルツハイマーについての知識も得ることができます。
    アルツハイマーを学ぶためのテキストにしても良いんじゃなかな?と思えるぐらい。
    ぜひいろいろな方に読んで頂きたい本当にすばらしい小説でした。ぜひご一読を!