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《ヒモノ図書館員の恋愛強化書》男の再起を描く『オーバー・フェンス』

  • 2015年10月02日  猫元 わかば  



    小説やドラマでもテーマになることの多い夫婦や恋人の「すれ違い」。始めは少しのズレでも、放っておけば取り返しのつかない事に。今回は離婚で傷を負った主人公が、生きる気力を取り戻すまでを描いた小説をご紹介します。
     
     
    今回は佐藤泰志さんの『オーバー・フェンス』をご紹介します。
    芥川賞候補にもなったという本作が、オダギリ・ジョーさんや蒼井優さんらのキャスティングで映画化されるとのこと。
     
    お恥ずかしながら、私は「佐藤泰志」という作家を知りませんでした。
    調べてみると、文学的才能を持ちながらもなかなか日の目を見ない“不遇の作家”だったようです。
    5回も芥川賞候補にノミネートされながらも受賞を逃し、41歳の若さで自らこの世を去りました。
    『オーバー・フェンス』は作者が執筆活動をあきらめ、函館の職業訓練校に通っていた頃の体験を基にして描かれた作品です。
     
     
    ●『オーバー・フェンス』あらすじ
     
    主人公・白岩は妻と生まれたばかりの娘のため仕事に明け暮れていました。
    しかし妻からは「家庭をかえりみない夫」と責められ、溝は深まるばかり。
    ついには離婚することになり、東京から故郷の函館に戻ります。
     
    実家に顔を出すこともなく職業訓練校へ入り、わずかな失業保険で生活する白岩。
    訓練校と自宅の往復。唯一の楽しみは350mL缶ビール2本のみ。
    そんな生活を送る白岩は、ある日、職業訓練校で同じ建築科に配属された代島から1人の女性を紹介されます。
    空虚な主人公が周囲の人間と触れ合いを通して前に進もうとしていく物語です。
     
     
    ●家庭と仕事どっちが大事なの!?
     
    離婚の原因は、一言でいえば「すれ違い」でしょう。
    白岩が仕事にあけくれる間に、妻は育児ノイローゼになってしまいます。
    妻が娘の顔に座布団をおしつけている所を帰宅した白岩が見つけ、ようやくコトの重大さに気づくのです。
     
    難しい問題だなあと、この手の話題を耳にするたび思います。
    「2人の子供だし、生まれたばかりで大変だから育児を手伝ってほしい」という妻の主張も、
    妻と娘の生活のために時間をおしまず働く夫の姿勢も間違っているわけじゃない。
    白岩も、家庭に興味がないのではなく、むしろ朝から晩まで妻と子供のためにがんばっていた。
    でも妻からは「家庭を疎かにする夫」に見えてしまう…。
     
    ただ白岩は妻から「赤ん坊を育てる自信がない」と訴えられたとき、一笑しているんですよね。
    これはダメ。これはダメだよ白岩〜!この点に関してはお前が悪いよ〜!
    その結果、妻はだんだん疑心暗鬼になって仕事で帰りが遅くなると浮気を疑い、白岩を忌み嫌うような態度を見せるようになってしまいます。
     
    でも妻の実家もちょっと気になるというか…。
    白岩は「家に帰りたい」という希望をくんで、妻を実家にあずけるんですよ。
    落ち着いたらまた一緒に暮らそうと思っていたらしいのですが…義父から離婚届と「これしきのことで娘を実家に帰すなんて!」という手紙が届く。
    いやね、「これしきのこと」じゃないっすよ、お父さん。
    何より別居は妻の希望だし。
     
    かわいい娘ですからね。妻の言い分を信じてしまったのでしょうけれども…もう少し義実家が白岩夫婦に協力してあげても良かったんじゃないかな…。
    白岩の言い分も聞いて、サポートしていたら違った結末もあったのではないかな…と悲しくなりました。
     
     
    ●一歩踏み出すキッカケは「女性」の存在
     
    妻との離婚により、どこか空虚になってしまった白岩。
    24歳にして「老人みたいだ」なんて言われてしまうほど、ストイックというか淡泊というか。無気力な印象を受けます。
     
    そんな白岩が一歩踏み出すキッカケになったのが、同じ職業訓練校の生徒・代島から紹介された女性。
    名前は「聡(さとし)」。実家の花屋を手伝っている22歳。
    男性のような名前ですが、正真正銘の女性です。
    前の彼氏にだまされて、子供をおろすはめになった…つらい経験をしています。
    ところがそんな事はみじんも感じさせません。
    白岩よりもイキイキしています。さっぱりして聡明な印象。
     
    いいな〜と思ったのが、さとしが白岩を車で家まで送るシーン。
    白岩は家の中に入るも車の発進音が聞こえないことが気になってしかたがない。
    悩んだすえ思い切って家を出ると、停まったままの車の中にはさとしの姿が。
    「缶ビールがいる」と言いわけする白岩をからかう事もなく、当然のように「乗って」と迎え入れるさとし!カッコイイ!
     
    相手が自分に興味を持っていると確信がないとできませんよ!
    22歳ってこんなことできる?と首をかしげてしまったのですが…この小説が発表されたのは1985年。
    そのころの22歳は大人びていたのでしょうか。
    私が22歳の時なんて、まだまだ高校生の延長のようなお子様でしたよ…。
     
     
    ●近年になって光が当たりだした「佐藤泰志」
     
    作中、さとしと白岩がどんなお付き合いをしているのか、細かい描写はされていません。
    メインは職業訓練校でのできごとなので、出会いのシーン以外はあっさり描かれています。
    でもさとしがしっかり白岩の生活に入り込み、支えになっているのが伝わってくる。
    そして2人の関係を想像するのが楽しい。
    淡々とした男性的な文体も主人公の白岩にぴったりで、さすが何度も芥川賞候補にノミネートされるだけはあるなと思わされました。
     
    もう少しはやく作家に光があたっていれば…。
    読み終わったあと、そう思わずにはいられませんでした。