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《ヒモノ図書館員の恋愛強化書》親友は女装男子『名前も呼べない』

  • 2016年05月27日  猫元 わかば  



    今回は驚きのトリックが潜んだミステリーテイストの純文学小説です。主人公は何でも内に溜め込んで自分を追い込んでしまう性格。周囲と上手く関係を築けない彼女にとって、救いは一風変わった親友と不倫の恋でした。
     
     
    自分の事を「面倒くさい女だ」と感じたことはありませんか?
    余計なことまで考え込んでぐだぐだ悩んだり、ひねくれた考え方しかできなかったり、「もう人生の終わりだ!」なんて悲劇の主人公気分に浸っていたかと思えばおいしいモノを食べたらケロっと元に戻ったり。
     
    今回ご紹介する小説の主人公は、筋金入りのかなり面倒くさい性格。
    自分に対してとても攻撃的な思考をしていて、親友から何度も何度も怒られています。
    そんな小説のタイトルは伊藤朱里さんの『名前も呼べない』。
    第31回太宰治賞を受賞した本作。
    受賞時の『変わらざる喜び』からタイトルを改めて、伊藤さん初の単行本として出版されました。
     
    子どもの頃、心に傷を負った主人公が世の中に生きづらさを抱え、もがき自暴自棄になりながらも最後には立ち上がる。
    25歳女子の再生を繊細な文章でつづったお話です。
     
     
    ■『名前も呼べない』あらすじ
     
    退職した以前の職場の同僚に誘われ、新年会に顔を出した恵那。
    「女子会」となったその席で、はじめて自分の恋人が2人目の子供――それも女の子を授かったと知ります。
    恵那の恋人は既婚者。不倫の恋をしていました。
    契約社員の期間が切れ、雇用期間の延長を打診されなかった恵那は、これが潮時だと考え、恋人と別れて田舎の実家へ帰ろうと考えていたところでした。
    そこへ人づてに飛び込んできた<おめでた>の話。
    自ら距離を置いていた恋人へ、思い切ってメールをすることにしました。
     
     
    ■親友はイケメンな女装男子!?
     
    作中には2人の男性(と言い切ってよいのか悩みどころですが)が登場します。
    1人目は恵那の上司である宝田主任。
    40歳にてめでたく第2子のパパになる、ちょっとのほほんとした私の好みドンピシャのオジサマ。
     
    いつもの猫元なら「きゃー!宝田さーん!」と黄色い声を上げるところですが、今回は思わぬ伏兵が。
    恵那の親友メリッサちゃん(♂)です。もちろん仮名で 本名は林和之。女装が趣味。
    生物学的には男性ですが、夜はソチラのお仕事をしているようで、多分、というか「女になればいいと言われた」ということから色々と察することができそうです。
     
    恵那とメリッサの出会いは短大のころ。合コンで男子生徒に絡まれた恵那をかばい、さっそうと店を出て、説教をし、家に泊めてあげたことから友情が始まります。
    昼間は持ち前の甘いマスクな男の顔で保育士をつとめ、夜はばっちりメイクにゴスロリで身を包んで「メリッサ」に変身。
    恵那の面倒くさい部分を素直に「面倒くさい!」「バカじゃないの!」なんて言いながらしっかり向き合ってくれている、とても良い親友です。
     
    ナイスミドルなうえ会話に短歌の引用なんてしちゃう宝田さんも良いですし、メリッサも世話焼きで生き方がまっすぐブレない男前な性格。(本人からすれば嬉しくないかもですが)
    身近に良物件が2人もいるなんて!恵那が心底うらやましいです。
     
     
    ■浮気の境界線はどこに?
     
    以前ご紹介した『不機嫌な果実』でも主人公が既婚の身でありながら他の男性と2人きりで食事にでかけていました。
    しかも「体の関係はないから不倫(浮気)ではない」との考え。
    恵那も恋人との関係を「不貞行為に至った経験はないことになる」と語り、「訴えられても安心ですね」なんて意地の悪いセリフを吐きます。
    男は体の浮気、女は心の浮気を許せない生き物だと聞いたことがあります。
    その理論が正しければ「体の関係はないのだから、浮気じゃないわ!」という言い訳は有効…なのかな…?
     
    一緒にご飯を食べたら浮気だとか2人きりで出かけたら浮気だとか、人ごとに境界がずれるため線引きが難しい友情と恋愛。
    「肉体関係がないから大丈夫!」という考え方、みなさんはどう思いますか?
     
     
    ■恵那への叱咤激励は読者にも?
     
    とにかく恵那が後ろ向きな性格。
    人によっては、読みながらイライラしてしまうかもしれません。
    しかしこの面倒くささ、身に覚えのある女子が多いのではと感じました。
    程度の差はあれ自分の中に自信が持てない部分や自分のダメな部分、失敗、辛い体験を笑いに変えてしまおう、ネタにしてしまおうという考える人は少なくないと思うのです。
     
    恵那のような壮絶な人生を送ってきたわけではない私でも、恵那の思考回路には「あるある!」と共感できるシーンがたくさん。
    なのでメリッサに叱られる恵那を通して私まで怒られたような元気をもらえたような気持ちになりました。そして恵那がちょっと羨ましくなったのであります。
     
    立ち上がるきっかけをくれたメリッサ。
    2人は今後どういった関係になるのか。
    自暴自棄になった恵那が、投げやりに誘ったせいで男女の関係になりかけもしましたが…。個人的には、このまま親友のポジションでいてほしいです。
     
     
    ■ミステリー要素もあり!思わぬトリックが
     
    最初はメリッサの存在や恵那の過去・性格以外は「よくある不倫ものだな」という印象だった本作。
    しかしそれは見事に裏切られました。
    終盤で明らかになる小説的なトリックには驚いてしまうはず。
    恵那と宝田さんの関係について触れられなかったのも、ネタバレになる恐れがあるためなのです…。
     
    はじめて本著を読む際は、ぜひ細部にまで気を配って読んでみてください。
    よくよく文章を検めると確かに真実が描写されています。
    答えへのカギは「恋愛の固定観念を捨てること」でしょうか。
     
    純文学ながら読みやすく、内容が濃いため実際の厚さ以上に「本を読んだぞ!」という気分になれます。
    描き下ろしの短編もおすすめなので、ぜひ手に取って物語の真相を確かめてみてください。