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《吾輩はおっさん女子である》「女子力」という言葉で片付けないで

  • 2017年03月04日  霜降 どいや  



    恋愛をしたい彼氏が欲しいと恋愛に一生懸命だった昔は、「女子力」が何なのかを分からないまま、モテるために「女子力」を磨いたもんだ。おっさんみたいになってしまった今では、そもそも「女子力」なんてものはハナから無えし、「女子力」とかいうクソ面倒な言葉が生まれたせいで恋愛が面倒になったように思えてならねえんだよ。

     

    ・今も昔も「女子力」が具体的に何を指すか分からない

    恋愛を頑張っていた昔は異性との出会いを求めていたし、「いかにモテるか」ってことに全力投球だった。その当時、というかいつの間にか「モテる=女子力が高い」っていう公式が成立していたもんだから、私はモテるために「女子力」を少しでも高めようと頑張ったもんだ。けれど、実際のところ当時の私は「女子力」って言葉が何を指すのかイマイチ分かってなかったんだよな。「女子力っていまいち何のことだか分かんねえよ!でもモテるために必要だってんなら磨くしかねえじゃん」ってな具合に。

    モテたい!異性との出会いをもっとちょうだい!もっと言うと彼氏が欲しい!とガッツキまくっていた私は、常日頃から「女子力とは何だ」っていうある意味哲学な自問自答を繰り返しながら夢見る幸せな恋愛・恋人との毎日のためにアレヤコレヤと努力したもんだ。「女子力って料理上手なことじゃね?」と思えば料理の腕をさらに磨こうとしたし、「女子力って気が利くことじゃね?」と思えば周りをよく見て機転を利かせるようにした。「女子力」っていうよく分からねえ言葉のお陰で、当時磨いたスキルは今でも毎日の生活で役に立ってるし、恋愛のためと言えどもあの時頑張って良かったなって思うよ。

    昔はモテるために新たな恋愛のためにと磨いていた「女子力」。今も昔も「女子力」という言葉が具体的に何を指すのかってのはイマイチ分かってねえよ。「女子力とは何か」っていう自問自答で私なりに導き出したのは、女性らしさを総合的に包括した言葉なんじゃねえのっていう答えだ。それに恋愛が面倒になっておっさんをこじらせつつある今では、もう「女子力なんてものはそもそも存在しない」としか思えなくなってしまったんだよな。

     

    ・「女子力」を「女子力」と呼ぶ必要はなくね?

    「女子力」=女性らしさを総合的に包括した言葉だとすると、「女子力」が漠然と提示する「女性らしさ」って何だよって話になるわけで。可愛らしいファッションに身を包んでいる、相手の気持ちをくみ取って行動できる、料理やお菓子作りが上手、家庭的で掃除も洗濯も何もかもできる……「女性らしさ」もとい「女子力」ってなんだよって突き詰めていくと、もう果てしなくなるほどには様々な要素が浮かび上がってくる。どれも素敵な要素だし、恋人やパートナーにしたいなと惹かれる理由になりうるじゃん。あえてそれぞれの素敵な要素を「女子力」でまとめる必要があるか?って思ってしまうんだよ。

    それに「女子力」って言葉が生まれる前には「料理上手」「ファッションセンスが良い」「気が利く」「家庭的」っていうように、それぞれがきちんと女性の魅力として語られていた気がするし。「女子力」なんて漠然としすぎてる概念というか素敵な要素を一切合切まとめてしまう言葉が生まれたせいで、料理上手であることやオシャレなこと1つ1つにスポットが当てられずにトータルで考えられるようになった気がしてならねえんだよ。

    「料理上手」「ファッションセンスが良い」「気が利く」っていう様々な要素を別々に捉えて、それぞれを素敵だ・魅力的だと評価されていた昔。一方、「女子力」って言葉が生まれた比較的最近では「女子力が高い=モテる」っていう認識になったからこそ、女性力を構成する様々な要素を全て網羅しないと女としての魅力がない、ってなふうに思われるようになってしまったんじゃねえのかなって勝手に疑問を抱くんだよな。

     

    ・「女子力」のせいで恋愛が嫌になったのかもしれない

    恋愛を頑張っていた頃の私は「女子力」の意味を分からないまま、モテたいっていうただそれだけの理由でがむしゃらに「女子力」を磨いていた。明確な目標、これさえ達成すればどうにかなるっていうのがあれば、私は途中で疲れたり恋愛が面倒に感じられたりせずに済んだかもしれねえ。けれど「女子力」が結局何なのか分からなかったし、分からなかったこそ努力をしても報われねえ気がしたし、がむしゃらに頑張って迎えた新たな恋愛でも疲れてしまった。

    恋愛が面倒になったのは、そういう過程があったからだろうなって思うよ。何よりも「女子力」って言葉を構成する掴みきれないほどの様々な要素を、パーフェクトを目指さないといけないってのが私にはキツすぎたんだよ。性格が男っぽいというか女らしくない私だし昔もそうだったけれど、「料理上手」「気が利く」ってのは誇れる要素だと思う、自分で言うのも変だけどよ。私が持つ数少ないこれらの要素を、それぞれきちんと評価される世の中だったら、それぞれの女性的な要素を別々に捉えてもらえる世間だったら、私は恋愛が面倒になっておっさんにならずに済んだんじゃねえのかって思えてならねえんだよ。

    「女子力」なんて言葉が生まれたから、私はイマイチそれが何なのか分からないもののモテるために「女子力」を磨いて、結局何をすれば良いのか分からず努力することが面倒に感じるようになった。そもそも「女子力」って言葉が原因で、私は恋愛から遠のいてしまったのかもな。まあ、今更こんなことを言ったところでどうしようもねえんだけどよ、「女子力」って言葉の正体を今でもきちんと把握できないってのもあって時々こんなことを考えてしまうんだよな。